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RE-TAKE考

二年余りの時を経て、この度REーTAKEが完結した。
この最終巻にして初登場の最重要人物の登場に加え、二転三転する物語は、
多くの読者が一読で全ての把握に至らなかったのではないだろうか。
もちろん、何度も通して読み返し個人で読み解く楽しみもあるし、
きみまる氏がそれを狙ってこの作品を上梓したのは間違いない。
しかし、それでもなお疑問に思われる読者の方々いらっしゃるのならば、
僭越ながらわたしが一緒に読み解き、考察を加えさせて頂きたいと思う。

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RE−TAKE1にしてこの物語は、劇場版「THE END OF EVANGELION」(略称EOE)の
後半の展開を完全に踏襲して始まる。
復活し、弐号機で量産機相手に奮闘するアスカ。
彼女の悲鳴を受けても、初号機のケージで膝を抱えたまま、助けに赴かないシンジ。
サードインパクトの未遂の果て、赤い海のほとりに投げ出された少年少女。
そこで少年、碇シンジは、少女、惣流・アスカ・ラングレーに馬乗りになり、彼女の首を絞めた。
少女の洩らした台詞。
絶叫とともに、シンジの意識は途切れる。
―――次に彼が目を覚ましたのは、ベッドの上であった。
見知らぬ天井ではない。ネルフ直下の病院の一室。
この世界で目を覚ましたシンジは、綾波レイによって第拾弐使徒レリエル戦の直後であることを知らされる。
この時はまだ、シンジは過去の世界に戻ったというより、自分が今まで体験したことを夢だと思いこんでいる。
その後、夢と同じ展開を経て、ようやく自分が過去に戻ってきたことの自覚を深めつつあったシンジであったが、
以前と同じ対応を取らなかった彼にまず訪れたものは、自分の気持ちの変化だった。
いや、正確を記すなら、その気持ちの変化―――アスカに対する想いゆえ、
彼は過去と同じ選択をしえなかったのかも知れない。
同時に、それは綾波レイに対する距離の置き方としても現れている。
そしてシンジはアスカの身も心も手に入れることが出来た。シンジ自身も、
アスカに己の身を捧ぐことを選択する。
反面、その選択の代償も大きかった。シンジに拒絶され、
どうあっても彼の心を占めることが叶わないと知った綾波レイは自殺。
更にアスカと同衾するシンジの前に、もう一人のアスカが訪れる。
ボロボロのプラグスーツを纏い、右腕と左目を包帯で覆った傷だらけのアスカ。
その姿は、赤い海のほとりで最後に首を絞めた彼女そのものだった。
この通称EOEアスカの登場を経て、過去とは決定的に違う方向にこの世界は進み始めるのである。

RE−TAKE2の冒頭でのシンジの様相は、せっかくやり直すはずの世界が
悲劇の方向へ進んでしまったことを、誰よりも自覚していたからに他ならない。
本来、シンジは誰も傷つけたくなどなかった。自分が夢だと思っていた未来を忌避しただけだ。
結果としてそれはアスカを守ることに繋がり、彼女に対する想いを明確にすることになった。
同時に、まさか綾波レイの命を奪うことにも繋がるとは、それこそ夢にも思うまい。
アスカとの肉欲に溺れながら、シンジが自暴自棄で無気力な状態に陥ったのも無理なからぬことかも知れない。
やり直したはずの世界で、アスカを手に入れレイの命を奪う。
せっかく過去をやり直しているはずなのに、この時既にシンジの目に映る世界は歪んでいる。
誰も傷つくことがない世界、誰も失われることのない世界を彼は切望していたのだから。
しかし現実は続く。歪んでしまった世界は続いていく。
シンジはそれでもアスカを守る為、疾走する。
やるせなさと後悔を抱えたシンジの目前に現れるEOEアスカの存在も、彼を揺さぶって止まない。
「…どうせ、三人目だもの」
吐き捨てるこの台詞の投げ槍さが、現状に対するシンジの認識を象徴している。
彼にとって綾波レイの死は、この世界を理想的に進める上で致命傷に近い。
救えるはずの彼女を救えなかった。こうなる可能性も考えられたはずなのに、もはや取り返しはつかない。
精神的にさい悩まされ、誰にも相談することすらできない彼を救ったのは、アスカだった。
妊娠を告げ、結婚すると宣言するアスカに、シンジは自分には護るべきものが存在することを改めて思い知る。
こんな世界でも、僕を頼ってくれる人がいる。僕が幸せにしなければならない存在がある。
また、結婚式の招待状を配布した時の周囲の人々の反応も、シンジの心を温かくするのに十分なものだった。
三人目の綾波レイに本心を告白し許しを得て、シンジは思う。
もしかしたら、こんなままの僕らでも幸せになって良いのかも知れない。
この傷ついてしまった世界でも幸せになれるかも知れない、と。
産まれてくるであろう子供を育む「今」の為、自分が戦う意義を見いだすシンジ。
それなのに、またもや訪れたEOEアスカはシンジの覚悟と宣言に怒り、不吉に呟く。
「絶対…後悔するわよ」
夜明けとともに襲来する第拾六使徒アルサミエル。
迎撃に出た初号機は、なぜかATフィールドの出力が上がらない。
果たして、共に出撃したアスカはシンジを庇い、子供もろとも弐号機は爆散した。
綾波レイにシンジのことを託して。

RE−TAKE3に至り、悲嘆にくれるシンジに、世界はますます混沌を深めることになる。
自分を守るため爆散したアスカを思って病み、EOEアスカに精神を翻弄されたシンジは、
一つの狂気の選択に手を染めることになる。
フィフスチルドレン渚カヲルを初号機で喰うことによりS2機関を獲得。
意図的に依り代となってサードインパクトを起こし、
もう一度世界を再構成して過去からやり直すことを選んだ。
しかし、この目論見は成就しなかった。
渚カヲルは使徒でなくただの人間だったのだ。では、最後の使徒は、どこに?
混乱するシンジを、伊吹マヤは施設の最下層に誘う。
そこには、爆散したはずのアスカが生きていた。
弐号機の爆発する瞬間、強力なATフィールドが発生。
それがアスカを守り、一瞬にしてターミナルドグマへと運んだとリツコは言う。
その代償というべきか。
アスカの胎内から子供は失われていた。加えて、彼女は心を使徒に喰われ、
幼児へと退行してしまっていたのである。
なお次々と明かされる衝撃の事実。
シンジとアスカ、二人の子供が使徒であったこと。
その子供が、アスカを守ったこと。
そして、シンジ自身が使徒であったこと…。
時を同じくして、A801が発令。
戦略自衛隊によるネルフ本部への進行が始まった中、残酷な事実を告げてくるEOEアスカの前で、
シンジは毅然と立ち上がる。
生きているから、と。しっかり生きてからじゃないと死ねない、と。
勝ち目なんてないのに、仮に勝っても自分が消えるしかないのに馬鹿じゃないの、
とばかりに食い下がるEOEアスカ。
それも当然で、仮に量産機を殲滅しても、使徒と人類は共存しえない。
事情を知るネルフのスタッフが匿ったとしても、シンジが使徒であるということを知った人類は、
彼を排除せずにはいられない。
使徒であるシンジが生き続けている限り、いつサードインパクト発生するか分からないという
恐怖に脅かされるのだから。一触即発の爆弾を抱えたまま生活するようなものだ。
逆にシンジが生き続けようとするならば、それは他の人類全てを殲滅することに他ならない。

RE−TAKE完結編において、いよいよ全ての伏線が収束し始める。
シンジの逆行と行動によって変革された世界。
本編と違う展開を迎える世界において、シンジの歩みにより変えられた諸々が集結、結実していく。
この期に及んで、加持がゼーレの刺客による暗殺から命を拾ったのも無関係ではないだろう。
足を失うことを免れた鈴原トウジはパイロットとして保護され、
レイは碇ゲンドウの元へ赴くことなく加持に付き従う。
ゲンドウは予備のレイを全て廃棄した挙げ句、加持に右手を晒した。そこにアダムは存在しなかった。
そして、EOEアスカは、避難してきたレイの前にとうとうその姿を現す。
一方、シンジは量産機相手に一人奮戦を重ねていた。
しかし、S2機関を搭載していない初号機は苦戦が避けられない。
零号機で救援に赴くべく、安全な通路も確保されてないままケージへ向かおうとするレイに、
EOEアスカはその力を振る振るう。
最下層まで召還された零号機に乗り込みながら、EOEアスカに礼をいってレイは微笑む。
「この闘いは無駄じゃないわ」
額に量産機の複製ロンギヌスの槍を受け、初号機は活動時間も限界に達していた。
駆け付ける零号機。事前に準備されていたカートリッジ式速射型陽電子砲で援護を開始。
一時は複数の量産機の撃破に成功するも、結局全機再起動。
シンジは活動限界に達し動かない初号機のコックピットで呻き、複数の量産機は零号機を蹂躙する。
伊吹マヤの悲鳴が流れる中、床に腰を降ろし膝を抱え続けるEOEアスカ。
そんな彼女の前に現れる少女。
自らを神と称する彼女は、EOEアスカに言う。
「じゃあ、あの時のシンジと同じだね」…。
少女との問答の果てに、とうとうEOEアスカは起つ。
再起動する初号機。
爆発的に威力を増したATフィールド。
シンジが気づいたとき、コックピットにはEOEアスカがいた。
二度目のWエントリー。跳ね上がるシンクロ率は初号機の覚醒の証。
さらにセントラルドグマの最下層からロンギヌスの槍まで飛来する。
槍は「神」を名乗った少女からの贈り物であった。
この時、ゼーレの面々は悟る。
「我らの敗北だ」―――と。
一気に量産機を完全に殲滅し、なおそびえる初号機を見上げ、
中破した零号機のエントリープラグから這い出したレイは安堵の笑みを浮かべる。
エヴァシリーズを退けなお健在の初号機に沸き立つネルフ本部発令所。
しかし、歓声が渦を巻く中、シンジはこう呟くのだった。
『――最後の使徒が残っています』
使徒であるシンジは、もう一つの種であり使徒である人間とは共生できない。
また、今この瞬間初号機の持っているロンギヌスの槍こそ、
使徒を消滅させる聖具としてまさしくうってつけだった。
初号機に乗る際のシンジの覚悟を知るミサトは、止めない。
「でも――わたしが見てるから…。ずっと……最後まで見てて上げるからね」
後はただ涙を流すのみ。
だが、シンジもシンジでコックピットで本心を吐露している。
本当は死にたいわけじゃない。生きていたい。でも、それは許されることじゃない。

その告白を受けたEOEアスカは、とうとうシンジへと手をさしのべた。
「私が許してあげる」「あんたが護ったこの世界ではなら、あんたは―――幸せになる資格があるわ」
ほぼ同時に、ネルフ本部で同様に思った人間がいる。
伊吹マヤが独断でプラグ内のLCL濃度を上昇させ、パイロットであるシンジを気絶させた。
マヤは叫ぶ。
「あの子を二度も見捨てないと滅びる程度の人類なら、滅びればいいんです!」
おそらくそれは、発令所にいた全ての人間の心情を代弁していたに違いない。
ミサトも即座に工作班へシンジを救出するよう指示を飛ばしている。
そして、エントリープラグ内で胡乱な意識のままのシンジにも、別れの時が近づいていた。
EOEアスカとの別れ。
シンジの傷ついた左目に触れ、とびっきりの笑顔を浮かべるアスカ。
同時に、シンジの脳裏からは急速に記憶が失われていく。
そう、彼女に関する記憶だけが―――。

三年の時間が過ぎて、シンジとアスカは結婚した。
シンジは不思議なことに使徒の特性が消失。
アスカも喰われた心が戻ることはなかったが、
一度赤ん坊のように真っ新になった心は再び成長を遂げているとのこと。
やがては十分に成長する日を待ちながら、出産も経て、二人は健やかに暮らしている。
護るべきものを取り戻し、幸福を噛みしめるシンジ。
そんな彼の目前で、自分は幸福になってはいけないと宣言する加持リョウジがいた。
同じく葛城ミサトも主張する。私たちは、幸福になることを許された存在ではないと。
使徒戦が終わったら二人が寄りを戻すとばかりと思っていたシンジの脳裏に去来する言葉。デジャヴ。

「僕が許します」
泣き崩れるミサト。
かくして彼女は加持を追いけることになる。一生を添い遂げるために。
そのことを綾波レイから伝え聞くシンジ夫妻。

「初めての約束…ちゃんと護ることが出来てよかった」
その台詞に、またシンジは既視感に襲われる。
約束―――。なんだろう…僕もなにか…とても…哀しくて…大事な…。
思わず左目のあたりを覆うシンジを心配そうに覗き込んでくる隣のアスカ。
彼女の言葉と、いつか思い浮かべた風景を目の当たりにしたとき、とうとうシンジは悟る。

「だから…もう充分だから…」

「行こうアスカ。僕たちの未来へ」
世界が、壊れる。まるでガラス細工のように。
現れる虚ろな空間。

「ここは――この世界のシンジが得るはずだった世界だ」
「最後の使徒である僕が消えることで生まれる世界だ」

「後悔するわよ」「あんた…この平和な得界でずっと生きられたのに…」
「そのかわり君は………ずっと一人だ」

「それに…約束したからね」「最後は一緒に―――って」
対して、感情を押し隠そうとして失敗し、大粒の涙を流しながらアスカはこういうのだ。
「アンタ……バカァ?」

――時間は、量産機完全殲滅後のジオフロントへ、ロンギヌスの槍で自刃しようとする初号機へと戻る。
マヤが独断でLCL濃度を最高まで上げたにも関わらず、パイロットは意識を回復し、初号機は再起動。
コアにロンギヌスの槍の穂先をめり込ませながら、コックピット内のシンジは呟く。
「全く…散々めぐりめぐってこんな結末か」「最低だな」
「もう…最後だから…正直な気持ちを告白していいかな」
「俺…エヴァのパイロットに生まれて―――良かったよ」

「シンジ」

アスカはそう応え、初号機は消滅する。

時を同じくして、消えゆくもう一つの存在があった。
「神」を名乗る少女。
心を喰われたアスカの膝の上に突っ伏しながら、少女は独白する。
「これで…もう全部おしまい」「やっと…神さまじゃなくなるから…ね」「ちょっと怖いかな」
それから少女はアスカへと語りかけた。
「ママ」
「これで…今度こそちゃんとパパとママの子供に生まれられるよね」
「だからママ………パパと仲良く…ね。私…絶対逢いにいくから……頑張るから」

そっと少女の頭に手を当て微笑むアスカ。
少女の顔が涙と嬉しさで歪む。
「ありがとう………ママ」「ママに借りてたたからもの…やっと…返せ……」
命の水へ還り、少女は消えた。

僅かな間を置き、アスカの瞳に強い意志の力が宿る。
周囲を見回し状況が把握できないアスカは、床に転がるトウジの顔面を、
傍若無人にも素足で踏んで叩き起こす。
目を覚ましたトウジは、アスカの様子に驚いた。
「そそそ惣流!! お前元にもどったんか!」
しかし、心を取り戻したアスカは全く意味が分からない。
このアスカは心を喰われる以前の記憶も失っていたのである。
また、消滅したはずの初号機だったが、エントリープラグの無事が確認される。
回収班により、パイロットの無事が確認される。
かくして、奇蹟的に生き延びたシンジと心を取り戻したアスカは、対面を迎える。
ところが周囲の期待に反し、二人の再会はお世辞にも感動的といえるものではなかった。
なぜなら、シンジもまたアスカと同様に、今までの出来事を覚えていなかったのだから。
そんなことを信じられないミサトは、二人とも思い出してとばかりに結婚式の招待状を差し出す。
もちろん結果は火に油を注ぐが如くというやつで、更にエキサイティングする二人。
ついには取っ組み合いにまで発展する喧噪を眺め、一人綾波レイは呟く。
「これでまたやり直し…」
「いや――これから始まるのね」
「私達の物語が―――」
レイの表情は笑みに変わっていた。

赤い海のほとり。
馬乗りになって首を絞めてくるシンジの頬に手を当てるアスカ。
目を見開き、見つめ合う二人。
やがて、シンジは身を引き、アスカから少し距離を取って、砂浜の上で膝を抱える。
何かを口にしたいのに、何も言えない。いつの間にか立ち上がり背後に来たアスカへも、
チラチラと視線を送るだけ。
そんな彼の傍らで、アスカは包帯を解き始める―――。

やがて、命の海から一人の少女が打ち上げられた。
状況も把握できぬまま、それでも黒髪の少女は歩き出す。
しばらく歩き、彼女は自分以外の人間の姿を砂浜に見いだした。
壊れた壁に背を預け、小指同士を重ねて眠りこける二人の少年少女だった…。

 

 

 

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ここまでRE−TAKEという物語を多少整理し読み解いてみたが、未だ多くの疑問が散見されたと思う。
一つ一つつぶさに考察を加える前に、まず物語となった世界と、そのバックボーンについて説明したい。

このRE−TAKEという物語の舞台において、読者に明確に示された世界は次の三つである。

【1】劇場版エヴァンゲリオン本編のラストシーンであり、RE−TAKEという物語の冒頭にもある赤い海の世界。
【2】RE−TAKE1においてシンジが逆行した、過去であると思っている世界。
【3】完結編において、EOEアスカがシンジに与えた幸せな世界。

話の流れ的には、【1】→【2】→【3】→【2】→【1】と世界が推移しているといえる。
だが、単純にそう理解したところで、RE−TAKEという作品の本質は百%見えてこない。
また、単純化したくとも多くの疑問が残る。
これら世界観を正確に読み解くには全編の通読はもちろんだが、
RE−TAKE0におけるアスカの独白と、完結編でのアスカと「神」を名乗る少女の
問答に耳を傾けなければならない。
「あいつはサードインパクトを起こしかけて、自分の世界から逃げ出した」
「そして生まれたのが無数の世界」
EOEアスカの話を肯定するなら、どうやらこのRE−TAKEという物語も、
そんなシンジが生み出し世界とその物語の一つであるらしい。
直後の「本当の私達は―――ずっとあそこにいるのに」との台詞と共に、
【1】の世界が回想されていることから、それは間違いないだろう。
また、RE−TAKE0のアスカの独白、
『この…世にも醜い世界に私が生まれてから、 どれ位の月日が流れたのだろう?
も、 同様の意味を示唆している。
とにかく、この物語の始まりは、シンジがアスカの首を絞めた瞬間(直後?)の
【1】の世界であると理解してもらいたい。
そして、REーTAKEのメインの舞台となる【2】の世界は、シンジの生み出した世界である。
同時にその世界はエヴァンゲリオン本編への逆行であり、
シンジが使徒であることで別の展開が発生した並行世界でもある。
最後に、シンジが心を喰われたままのアスカと結婚。子供も得て皆が幸せになった世界が【3】であり、
EOEアスカの導いた世界である。

では、エヴァ本編と酷似しているRE−TAKEの舞台となった世界について考察を加えていきたい。
まず、シンジがだけが逆行してきた過去の世界だと思っている読者の為に明言しておくが、
あの赤い海から逆行したのはシンジだけではない。
ボロボロのプラグスーツを纏って傷ついたアスカ―――通称EOEアスカも
同時にこの世界へやってきていたのである。
RE−TAKE0の9ページにおいて、EOEアスカはこういっている。
「最初に私が目覚めたのはあいつの中」
また、同ページにおいて、彼女がこうも言っていることを見逃してはならない。
「あいつはそうではなかったが、あたしはこの世界がどういうものか生まれながらにして識っていた」
碇シンジが使徒であるこの世界は、どんな終焉を迎えるのか。
それもRE−TAKE0の17ページ上でEOEアスカによって語られている。
全人類が滅び去り、使徒であるシンジだけが一人生き残る結末。
その悲劇な結末へ至るまでのプロセスは、本編と同じ流れを踏襲した可能性が高い。
つまり、エヴァンゲリオン本編のシンジよろしく、量産機に蹂躙されるアスカを
膝を抱えたまま見捨てたことも多かったのではないかと思われる。
そうして、最後は本編と同様にサードインパクトが起こる。ここで問題となるのは、
シンジが人間でなく使徒であるということだ。
しかも、渚カヲルが使徒でない以上、彼が第拾七使徒タブリスということになるのだろう。
人類が第拾八使徒であることは、エヴァンゲリオン本編劇場版で明かされている。
では、第拾七使徒であるシンジを依り代としたサードインパクトは、どのような結末をもたらすのか。
おそらく、シンジがアダムと接触した場合、劇場版と同様のサードインパクト現象が起きる。
同様に巨大なアンチATフィールドが発生し、人類は姿を保てなくなるだろう。
しかし、その中核であるシンジが第拾八使徒である人間はなく、
第拾七使徒であった場合。
全ての人類は一つの存在になり、次なる次元の生命体にステップアップするという人類補完計画は叶わない。
ステップアップするとすれば、それは第拾七使徒であるシンジだけだ。
では、第拾八使徒である人類はどうなるか? 
人としての姿を維持できないまま、魂は統合できず、拡散、消滅するしかない。
こう考えれば、ミサトらが口にしている、
『使徒がネルフ本部地下のアダムに触れた場合、サードインパクトが起きて人類が滅びる』
ということがすっきり説明できる。
果たして、量産機も人類も壊滅させ、進化した生命体としてシンジは一人残ることになる。
その時得た力を行使するのか定かではないが、シンジは結末を拒絶し、世界を再構成する。
そして話は冒頭に戻り、それが幾度となく繰り返されているのがこの世界だ。
「繰り返され、無限に広がる世界」という言葉も鑑みれば、世界設定は同じでも、
展開される話の流れは一律ではないのだろう。
物語のプロセスで以前とは異なる出来事も起こったりするが、始まりと結末だけは変わらない。
碇シンジは使徒で、一人生き残って世界を再構成する。
決してシンジに救いを与えない世界。一歩も前に進まずループする世界。
EOEアスカ曰く、
今いるこの世界が構成されて一回目なのか数億回目かは私には分からないし、
知る意味もない。

一見矛盾するこの発言を、アスカは「識っているから」との一言で表している。
彼女は、何度も繰り返しているだろう世界を渡り歩いた実体験はない。
ただ、そうして来たはずという記憶はある。
つまり、EOEアスカは、映画を見たかのごとく、物語の始まりと結末を、
この世界に生まれ落ちた瞬間、知識として持っていたのである。
他にも彼女の抱える知識の中には、同じタイトルの映画の内容がぎっしりと詰まっている。
その映画は、始まり方は全部同じで、途中の展開が違うこともあるけど、結末も全て同じ。
そう、EOEアスカにとって、目前で展開されているこの物語も、
結末を知っている映画を眺めているに等しい。
繰り返されるそれを止める術はない。自分の意思にも関わらず、
この先も延々とその物語を見続けなければならないことも識っている。
彼女がウンザリしているのも頷けるだろう。
だがしかし、識っていることと、それを実際に体験することの意味はもちろん異なるものだ。
たとえば、あるパンを食べたことがあるとしよう。味も食感も、鮮明に記憶に残っている。
決して美味しくないパンだったかも知れない。
それとほぼ同じ味のパンを何度も強制的に食べさせられるとなれば、
食べるほうはうんざりして閉口するしかない。
味はもう分かり切っているものを、食べる。強制的に食べさせられる。
必然的にもう飽き飽きしている。当然嫌だけど、拒否できない。
この例えも、RE−TAKE内で繰り返されている世界を説明している。
そして、この『食べる』という行為こそが実体験に他ならない。
物語にかぶりつき、噛んで、咀嚼する。
同じ味のパンと知ってはいても、以前食べたときと全く同じ食べ方は不可能だ。
一度に口に入れる量も異なれば、咀嚼するまでの時間もまちまちだろう。
また、パンへ齧り付く位置も違うはず。
このような意味において、EOEアスカ自身が同じ世界を繰り返し体験するにしても、
ある種の新鮮さは損なわれていない。
同じ味のパンを食べきらなければならない。そのパンの味を変えられないにしろ、
彼女にはその食べ方と味わい方の工夫が残されていた。
これが、繰り返される世界に囚われ、それを常に意識し続けなければならない立場を
強いられたEOEアスカに残された権利の一つともいえる。
一方、この世界のシンジはそんなことは知らない。自分が使徒であるなどの自覚は皆無だろう。
EOEアスカが憎しみを込めて見守るなか、またぞろ同じ話が展開されるはずだった世界が、
様々な要因の果て、奇蹟を重ねる。
そして、彼女自身も予想していなかった結末に疾走し始めたのが、
実にこのRE−TAKEという物語なのである。

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この物語の結末は読者諸氏もご存知の通りである。
では一体何が、繰り返されるはずだった結末を変えたのだろうか。
とりあえず、この世界の特性について、再度整理を試みたい。
まず、繰り返される世界には絶対的なルールが二つ存在する。
一つは、シンジが使徒としてこの世界で目を覚まし、同時にアダムが消失すること。
もう一つは、シンジがサードインパクトを引き起こし、世界を再構成すること。
EOEアスカの言を信じるなら、この循環する世界は、この二点を除き、
ありとあらゆる展開の変化があるらしい。
つまり、今回のように前の世界の記憶を持って目を覚ますシンジもいたに違いないし、
その逆に、自分が世界を繰り返していることも気づかないまま目を覚まし、
その後の流れに身を委ねたシンジもいたことだろう。
結ばれ、愛し合うシンジとアスカもいれば、いがみ合い憎みあう二人もいたはず。
また、シンジがレイと関係をもつことになる世界も存在したかも知れない。
だが、結末は変わらない。
だからこそ、EOEアスカは、世界の構造も結末も何も知らない過去の自分が
シンジに身を委ねたことを、不愉快極まりなく思った。
碇シンジは最後に惣流・アスカ・ラングレーを必ず見捨てる―――。
例え心底愛し合う展開があったとしても、最期はシンジ一人だけが生き残る世界。
ならば、それは裏切りと同じ。

頑ななまでにそう信じ込んだEOEアスカは、幸せそうなシンジに業を煮やして、
彼の前に姿を現す。
ただ結末を待つだけでは詰まらない。
ゆえに、せいぜい煩悶するシンジをいたぶって憂さを晴らす。
同時にこれは、何度も繰り返す世界でそのたびに自分を見捨てるシンジへの、
彼女なりの復讐でもある。
私がこんなままなのに、あんただけ幸せになるなんて許せない。
もちろん、この世界ではシンジは幸せになれないことは、EOEアスカは誰よりも知悉している。
だから、過去の自分とシンジの間に子供が出来たというのに、彼女は動じた様子を見せなかった。
彼女が動揺しない理由はなにか。答えは、繰り返された世界のどこかで、
幾度となくこのような展開があったからである。
弐号機が爆散する世界もあったに違いないし、そのままアスカが助からない世界、
お腹の子供もろとも助かる世界もあっただろう。
あらゆる可能性があるにもかかわらず、始まりと終わりは収斂する閉じられた永遠の回廊。
自らが使徒であると知ったシンジが、人類全てと引き替えに生き残る結末。
いってしまえば、既刊のRE−TAKE1.2.3.0と全く同じ内容の展開で進んだ世界もあったはず。
それぞれの巻末から、更に枝分かれして物語が進んだ世界もあっただろう。
しかし、例外なく結末は同じで、世界はループする。
それらが既に幾度となく繰り返されていてもおかしくはないのだ。
RE−TAKE3の最後でシンジが自らの意思で戦うことを選んだことに、
EOEアスカは激しく狼狽した。
戦えるのに戦おうとせず、
皆を見捨て己が生き残ることだけを優先するはずの最低男が、戦う。
S2機関を積んでいない初号機に勝ち目はない。誰からも感謝されないし、
勝利の果てに自分の未来がなくても。
あんたのことなんて誰も見ていないのに、というEOEアスカにシンジは微笑む。
「君が見ている。あの時は…ごめん、アスカ」
シンジの謝罪は、赤い砂浜での絞首より、劇場版における弐号機対量産機の闘いで
助けに赴かなかったことに対してだろう。
毅然とケージに向かい歩み去るシンジを見送ることもできず、
心を無くした過去の自分に八つ当たりし、EOEアスカは滂沱の涙を流す。
彼女が涙を流す理由は、RE−TAKE0の最後で滔々と語られている。
EOEアスカ自身にとって、シンジは最低の男でなければならなかったのだ。
あいつが最低の振る舞いを私にしたから。それを免罪符のように握りしめ、
一方的にシンジを断罪し続ける。
常にシンジが悪者でなければならない。でなければ、
それは自分の過ちを認めることに繋がってしまう。
自分も見ているだけで何もしてこなかったことを。自分こそがシンジを否定してきたことを。
使徒であるという救いのない結末を知りながら、シンジは起って戦うというのに。
数々の過ちを知ってなおEOEアスカは自らの意思で起とうとしなかった。
完結編で示された、この期に及んでの彼女の態度の意味は?

 

 

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インターミッション: RE−TAKE内の繰り返す世界における、
サードインパクトの発生メカニズムについて

様々な可能性が展開されるが、結末は使徒であるシンジがサードインパクトを起こす世界。
もちろん本編と違う以上、その発生条件とプロセスは異なるはずだ。
ここで、この世界で起こりえるサードインパクトのメカニズムについてまとめておこう。

まず、シンジが使徒であることは、この繰り返す世界の始まりにおいて確定している。
次に、サードインパクトを起こす為に重要になるのは、アダムである。
使徒がアダムに触れればサードインパクトが起きる。
極端な話、シンジがアダムに触れるだけでサードインパクトは発生すると考えて良い。
では、この世界で消失したアダムはどこにいったのだろうか?
REーTAKE完結編において、初号機に宿った魂が書き換えられていることが読者に明示された。
同時に、そこに宿っていた少女は『神』を自称していることから、
彼女がアダムの代替えなのだろうか。
答えは否である。別項で詳しく解説するが、
『神』を自称する少女とアダムはイコールではないと理解してももらいたい。
また、この世界においてシンジが使徒であり、ゲンドウの手にあったアダムが
消失することは絶対条件であったが、同時に初号機の魂の書き換えはそうではない。
通常通り、ユイの魂を宿したまま展開した世界もあるはず。
ならばこそ、どうしてアダムなしでもサードインパクトは発生し、シンジは
世界を再構成することができるのか。
それを語るには、実はエヴァンゲリオン劇場版の後半から解説をしなければならない。
劇場版の人類補完計画において、碇シンジの決断により、人類は一つになることはなく、
彼とアスカは二人砂浜に肉体を持って放置されることになる。
だからといって、人類の心の壁を無くすという儀式自体は失敗したわけではない。
仮に、人類補完計画の成功と失敗の判断を持つとすれば、その計画を進めていたゼーレの面々だけ。
儀式が成功したことに間違いなく、シンジはその儀式の果てに二つの選択肢を委ねられた。
一つの新たな種に進化するか、以前と同様に群体としての種に留まるか。
結果として、シンジは後者を選択した。
依り代となった初号機は、息子へと別れを告げるユイの魂を宿したまま宇宙へ飛び立つ。
いずれ滅びるだろう人類という『人型』が存在した証となるために。
では、儀式が完成した時、アダムはどうなったのだろうか?
ユイとともに初号機に乗って飛び立ったのか。
儀式の媒介となることで、終了と同時に消滅したのか。
しかし、それが、碇シンジと融合したまま、彼の中へ留まっていたとしたら…?
そもそも砂浜に取り残された二人は、新世紀のアダムとイブと解釈できなくもない。
劇場版にしてRE−TAKE1巻目冒頭のシンジによるアスカへの絞首のシーン。
アスカの台詞の直後のシンジの絶叫は、彼がこの結末を拒絶した証。
この瞬間、シンジは幾つもの異なる世界を生み出し、それぞれへと逃げ込んだのは、
完結編8283ページにおいて、EOEアスカが語っている。
REーTAKE内における世界も、もう一度本編をやり直したいと願ったシンジが
逆行した世界で、ある意味エヴァンゲリオン本編そのままともいえる並行世界である。
本編を本当にやり直したいと願って逆行した場合、皮肉なことにシンジは
その世界では使徒でなければならない。
なぜなら、本編の儀式の洗礼を受けたシンジは、厳密にいえば
第拾八使徒であるヒトではないのだから。
それは何もシンジに限った話ではなく、あの儀式後の人類全体は、
いずれ群体としての姿を取り戻すにせよ、第拾八使徒であるヒトという種ではない。
変わり映えはしないし、能力にも差違はないだろうが、
ある意味進化した存在となってしまっているのだ。
サードインパクト前の人類と、サードインパクト後姿を取り戻すであろう人類は、
種として違うのである。
ゆえにサードインパクト後の世界から一人戻ってきたシンジは、
サードインパクト前の本編世界においては使徒として認識される。
裏死海文書の記述や世界設定に矛盾が生じないように、修正が施された。
結果、最も人間に近い第拾七使徒渚カヲルの特性を剥奪して、シンジの存在は確立された。
ここで重要なのは、シンジがやり直したいと願ったことである。
やり直しというのは、既に経験した記憶なり何かしらの設定を引き継がねば成立しない。
引き継ぐものがないのなら、やり直したいという自覚がないのなら、
あえて結末を忌避することもないだろう。ゆえ逆行するという話が成立しない。
それをなくして本編の途中からやり直すということは、本編から分岐の物語であって、
本編に逆行する物語ではない。
同時に、シンジを逆行させる力の出所も考えなければならない。
本来、ただの人間であるシンジに、時間を逆行する力はない。その力の源が、
あの儀式を経てシンジが融合したアダムのものだとすれば。
こう仮定して話を進めた場合、シンジは逆行した世界で
使徒の特性とアダムの力を内包していた存在となる。
ならば、シンジが逆行した時点でゲンドウの手からアダムが失われていたことの説明もつく。
同時間軸に全く同じものが二つ存在することはできない。
この世界がシンジの存在を受け入れた時点で、ゲンドウの手のアダムはシンジの元へ移動することになる。
使徒であるシンジとアダムは既に一体の存在であるなら、
初号機が介在しなくても、いついかなる場所でもサードインパクトを起こすことは可能だ。
いわばスイッチ一つでサードインパクトが発生する状況は整っている。
では、そのスイッチを入れる要因はなにか。
シンジが追いつめられた時。肉体な死に直面しようとした時。
シンジが心底「死にたくない!」と思った瞬間に初めてサードインパクトが発生すると考えれば、
色々と腑に落ちる。
そもそも他の使徒がアダムを目指すのは、自らが滅びたくないないからだ。
同様にシンジも使徒である場合、彼の「死にたくない!」の叫びは
他の使徒たちの行動理由である「滅びたくない」と同義。
使徒たちにとって、十八番目の使徒である人間は、
自らが生き延びる道を妨げる邪魔者に過ぎないのである。
ただ、本編において、第拾七使徒のカヲルだけが心情を語っているが、
自分にとって生と死は等価値だよとの台詞も、今考えれば白々しい。
確かにアダムに接触すべく行動を起こしたが、それが失敗したからといってあっさり
シンジに命を委ねるのは矛盾してはいないだろうか。
初号機に捕獲されはしたものの、逃げ出して目的を果たすことは不可能ではないはず。
何より、シンジ自身が彼を殺したくなかったのだから。
それなのに、カヲルは自分を殺してくれ、と懇願している。
出なければ人類が滅ぶとも淡々という言う彼の顔に浮かぶ表情は、
諦めというより優しさではなかったか?
人類というよりは、シンジ個人へ向けた優しさ。
本編中で語られた通り、本当にカヲルはシンジが好きだったのかも知れない。
それゆえに、シンジたちを生かすため、自分の命を捨てた。
自分が生存するための術を放棄した。
本編中で唯一人類とのコミュニケートに成功したカヲルが、
このような道を選択したと解釈出来なくもない。
この解釈の正誤は定かではないが、RE−TAKE完結編で量産機の
闘いに赴いたシンジの心情は、このカヲルと同一のものではないだろうか。
全てを承知して、人類を護るため、自らの命を捨てる。
そんな彼の覚悟の前に、自らのなかのアダムも沈黙した。
完結編内において、シンジがあそこまで量産機に蹂躙されても
サードインパクトが発生しなかったことが説明できる。
また、シンジが生み出した数ある世界でも、この逆行世界だけが
ループを繰り返していることも同様だ。
この逆行世界の始まりにおいて、何時でもサードインパクトが発生する条件が揃っている。
逆行するのであれば、シンジは使徒となりアダムの力を借りなければならない。
その逆行した先の世界では、自らが使徒であることがシンジに救いを与えない。
使徒と人間は共生でいない。
それでも生きようとすれば人類が消えてしまう。でも、それでは逆行してきた意味がない。
結果、一人生き残る結末を迎え、それを拒絶。世界を再構成し、
物語は冒頭へと戻る。
まさしく鶏が先か卵が先かの状態。
箱を開ける鍵がその箱の中にあるに等しく、救いのない世界なのである。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

完結編の冒頭において、世界はまた予定外の展開を迎えている。
まず、シンジが初号機で撃って出たことにより、偶然なのかどうかは判じかねるが、
暗殺者の手にかかるはずだった加持が命を拾っている。
そして、レイがゲンドウの元へ赴かなかったことはもとより、
彼の右手からはアダムが消失していた。
それが一体何を意味するのか。完結編63ページ
銃撃を受けリツコの膝の上に抱き留められるゲンドウ。
この二人の会話の中で、この世界の核心をつく、実に多くのことが語られている。
これらの発言は、ゲンドウらがこの世界の変化について
ある程度知悉していたことを如実に物語っている。
むろんEOEアスカのように世界の構造を把握できたわけではない。
ゲンドウが知覚したのは、あくまでこの世界を生きてきた唯一無二のゲンドウとしてである。
気づいた時期は、シンジがベッドで目を覚ました瞬間だろう。
直後、ゲンドウの手に変化が起きたのではないだろうか。
そしてほぼ同時に初号機の魂も書き換えられていたと思われる。
シンジが目を覚ます以前の世界は、全くエヴァ本編と同じ流れを踏んでいるはずだ。
ゲンドウは人類補完計画を利用して初号機と融合したユイの元に
至ろうと計画していたことも変わらない。
だから、右手のアダムの消失を受け、計画が頓挫したことに気づいたゲンドウたちが、
その原因と理由を探ろうとしたのは当然のことだろう。
調査の結果、かなり早い段階でリツコがシンジが使徒であると看破したのは間違いない。
更に、初号機に別の魂が宿っていることも分かったはず。
また、RE−TAKE2の弐号機自爆シーンにおいて、
ゲンドウが冷静に指示を飛ばしていることと、RE−TAKE3において
爆死したはずのアスカを秘密裏に保護していたことから、そもそも弐号機が
自爆してもアスカが死なないということを確信していたフシがある。
自爆コードが作動し、シンジが「誰かアスカを助けて」と訴える中、
発令所の殆どの職員がこらえきれず涙を流しているのに、
リツコだけが顔を背けてどのような表情を浮かべているか判然としない。
彼女が、アスカが助かるであろうということを知っているとすれば、
非常に興味深い一コマに見えてくる。もっとも、本当に泣いている可能性も否定はできないが。
では、ゲンドウらがアスカが助かると知るに至る根拠とはなんだろうか。
実にこれは、アスカの妊娠が判明した段階で、既に予測可能なのである。
既に作品内でミサトらに言及されている通り、使徒であるシンジの子供も、また使徒であったという。
正確に定義すれば、半分正解で半分不正解なのであるが、
その解説はひとまず置いておいて、二人の子供が使徒の特性を持っていたとだけ理解して貰いたい。
続いて、エヴァ本編を思い出して頂きたい。
十五年ぶりに襲来した第三使徒サキエルを始め、攻撃された使徒はどうしていただろう?
あらゆる使徒は、物理的な脅威に対し、ATフィールドを張って対抗してきている。
自らの命を生存行動を護ろうとするためか、それはほとんど反射行動で発生されている。
となれば、アスカの胎内にいる子供も使徒であるからにして、
弐号機による爆発という物理的な脅威に対し、
ATフィールドを展開したことは、何も不自然なことではない。
また、いまだ母の胎内に出られる存在でなかった以上、
母体ごと護る結果になったのも当たり前ではないだろうか。
そして、未成熟ゆえに、母体を護ると同時に力尽き、拡散消滅したものと思われる。
(余談になるが、エヴァ本編に登場する使徒はどの一体として攻撃に対し
ATフィールドこそ発生させるが、回避行動を取ってはいない。作中、
かわしているように見えるシーンも、実は攻撃に転じているだけである)
アスカが助かることを予想していたゲンドウたちも、
まさかターミナルドグマの最下層に突如転移した上に、
彼女が心を消失していたことまでは想定外だったはずである。
アスカを匿い、即座に対面させなかったのは、やはりシンジが使徒であることが大きい。
ミサトに銃を突き付けられたリツコが説明したとおり、二人の子供が使徒だったと教えるのは、
シンジ自身が使徒であると教えるのと同義だ。
その場合、自分の正体を自覚したシンジが取りうる行動は、未知数だ。
即座にサードインパクトという最悪の事態に至る可能性も否定できないし、
それこそ自暴自棄になり敵対種であるヒトの虐殺を始めるかも知れない。
自分が使徒であるということさえ知らなければ、ミサトの言うとおり、
シンジは心を喰われたとはいえアスカを見捨てたりはしないだろう。
同じヒトとして愛した彼女を命がけで護るのに躊躇いはない。だが、
使徒であるならば、闘って仮に勝っても消えなければならない。
結局、今回のシンジは自らの意思で、例え自分が消えるとしても、みんなを、
世界を救う道を選んだわけだが…。
しかし、この時点のゲンドウらには、そんなシンジの内情など正確に推し量れるわけがない。
どんな反応をするか予測は出来ても確実ではない。
ゆえに、安易な対面はリスクが大きすぎるので、秘密裏に匿うしかなかった。
アスカの心さえ無事な状況であれば、また違った局面を迎えたかも知れない。
少なくとも、ゲンドウらの対応は変わっていただろう。
ともあれ、ゲンドウらの選択は、このような状況下では限りなくベストであったはずなのである。
もちろんそれはシンジを思いやってのことではないはず……?
RE−TAKE3巻65ページのマヤはこういっている。
「でも、初号機の力を利用したい司令達はアスカを犠牲にして、シンジ君を闘わせようとしているの」
これは、加持がマヤに与えた情報であり、額面通りに解釈するなら、
ゼーレと戦自による本部強襲に備え、シンジに言うこと聞かせるための人質として
アスカを保護してる、ということになる。
最も、REーTAKE3巻12ページに置いて加持の
「シンジがゲンドウの指示通りに動くのか」という問い掛けでゲンドウはこう答えている。
「シンジはあれを経験した。もうこちら側の人間だ。わたしが動かなくても自ら動く」
ゲンドウのいう、あれ、とは何を意味するのか。
それは、愛する人を目前で失う悲しみ。本編における、
ゲンドウがユイを失ったときの出来事を重ねているのは明白である。
さらに、初号機に取り込まれたユイをサルベージしても、
生まれたのはユイの魂を宿さない器である綾波レイだけ。
心が伴わないレイの存在を、命は拾いはしたが心を喰われたアスカになぞらえると、
今回のシンジの体験とゲンドウのそれは、まさしくピタリと符号する。
だからゲンドウは、シンジが自らの意思で動くことを確信している。
失われた物を取り戻そうと、自分は何をしてきたか。
狂気に染まることも厭わない覚悟を持ったゲンドウは、
シンジが渚カヲルを害するところまで予想していたに違いない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

インターミッション:渚カヲルとゼーレについて

この世界でも、そもそもの渚カヲルは第拾七使徒タブリスである。
しかし、シンジが目を覚ました途端、ゲンドウの右手のアダムと同じく、
彼の使徒の特性は失われた。
最初から渚カヲルが使徒でなかったとしたら、エヴァ本編そのものの筋書きが違ってくるはず。
量産機のダミーシステムがカヲルベースであることも鑑みて、
やはり途中で使徒ではなくなった解釈するのが正しいだろう。
それが意味するところは、ゼーレ側にも碇シンジが使徒ではないか、
という情報が発生したことに繋がる。
突然の渚カヲルの能力の消失に驚きながらも、ゼーレは本来のシナリオの
配役を変えることで計画を継続させた。
当初の予定どおりネルフへフィフスチルドレンとして送り込まれた渚カヲルは、
自分の新しい役割を綾波レイにこう述懐している。
「本当は、シンジ君を殺しに来たんだ」
変更されたシナリオにおけるゼーレの目論見は、フィフスチルドレン渚カヲルの
エヴァ弐号機搭乗(強奪?)による「最後の使徒・碇シンジ」の殲滅以外の何ものでもない。
シンジ殲滅後、ヒトである渚カヲルを依り代にサードインパクトを発生させる。
だがしかし、今回の世界では弐号機が爆散してしまった。
「きいてたのと全然違う。ずいぶんとムチャクチャなシナリオじゃないか」
RE−TAKE2巻95ページにおいて、カヲルが爆発シーンを前に独語したのも当然だ。
搭乗する弐号機が無いのなら、ただの人間の渚カヲルにシンジの殲滅は不可能。
ゆえに、RE−TAKE3巻11ぺージ、ゲンドウと加持の会話も
納得のいくものに読み解けるだろう。
それを承知してなおゼーレがカヲルに撤収を命じなかったのは、
いわば試金石のようなものと推測される。
ゲンドウが、カヲルに協力してシンジを殲滅するならば良し。
突き返してくるようなら造反の疑いが濃く、ましてや逆に殺すとなれば
完全に敵対したと考えるしかない。
どうなるにしろ、人間である渚カヲルの重要性は低く、
捨て駒にしても惜しくはないのである。
ただ、ゼーレ側としてやっかいなのは、シンジとゲンドウが共同歩調を
取っているか否か判断が付きかねたところだろう。
ゲンドウがシンジに従って行動しているのか、それとも独断で動いているのか。
はたまた、共闘しているのか、敵対をしているのか。
それらが判明すれば色々と干渉する余地もあったろうが、
結局ゼーレはこの二つをまとめて処理することを決定する。
量産機を投入したのは、純粋に最後の使徒であるシンジの殲滅が目的だ。
ネルフ本部のほうは戦略自衛隊の侵攻によって、ゲンドウ以下職員を抹殺する。
オリジナルMAGIにジオフロントという場所。それに今回は失われなかった
ロンギヌスの槍とアダムが押さえられれば、ゼーレはネルフという組織に用はない。
全ての使徒が殲滅された以上、これらのアイテムがあれば
人類補完計画を実行するのに支障はないのだから。
しかし、ここで最大の皮肉が発生していることに注意しなければならない。
おそらく、ゼーレ側は、シンジが使徒であるという情報は掴んではいただろうが、
ゲンドウの右手からアダムが消失していることまでは知り得ないのだ。
元々、ゼーレに乗っかる形で別の計画を立てていたゲンドウにとっても
アダムは必要不可欠なもの。
自分たちで秘密裏に捜すことはあっても、向こうに報告すると思えない。
つまり、シンジがこの世界で逆行してきたのと同時に、
ゼーレ主導による人類補完計画の遂行は不可能になっている。
決してシンジに救いを与えないこの世界は、ゼーレにとっても勝利のない、
神の消えた世界でもあったのだ。

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渚カヲルが殺されたとの報告を受けたゲンドウはこう言う。
「我々が新しい時計を作る―――。老人達に出る幕はない」
ここまでの話の展開上、ゲンドウがシンジを利用して
個人的な計画を遂行していることが伺える台詞だ。
その後の加持の台詞や、彼がマヤとマコトを使いシンジとアスカを
脱出させようと画策したことなども加え、ゲンドウ・リツコ・冬月らによる
非常に利己的な計画に対しマヤたち下級職員が不審に思い反撥を抱く、
という構図が描かれている。
少なくとも、RE−TAKE3においては、読者にそう受け取られるように描かれていると思う。
ところで、加持とミサトに与えられた情報というのは、
ゲンドウ、リツコらそれぞれにより一方的に与えたものばかりである。
特に加持に対しては、未だゼーレのスパイとの疑いがある以上、
とてもゲンドウは本心まで話せない。
リツコもリツコで、ゲンドウとの情報は共有しても、
余人に正しく伝わるかどうかなど無関心なところがある。
与えられた情報と取り巻く状況を統合し、加持がシンジとアスカを不憫に想い、
大人のエゴにこれ以上関わらないよう脱出計画をマヤたちに享受したのも、
心情的には分からなくもない。
だがもし加持の解釈が間違っていたとしたら? 
加持自身が探り出したと思っていた情報も、
ゲンドウらが故意に利己的に思えるものへ変更し、本心を韜晦していたとしら―――。
では、ゲンドウらの本心とはなにか。
わたしは、ずばりそれは、息子に対する親心だと主張する。
根拠の一つとしては、対量産機戦で零号機が用いたカートリッジ式速射型陽電子砲の存在がある。
作戦本部長であるミサトも知らないうちに、このようなものを設計、
配備できるのはリツコしかいない。それを認可できるのはゲンドウしかいないのだ。
この武装は、来るべき量産機戦を想定して配備されていたのは間違いない。
同時に、ネルフ本部に対戦自特殊部隊がいたことも、この展開を予想していたからだろう。
SU機関を所持していない初号機の苦戦は免れないのはもとより、
機体に宿っている魂はユイのものではない。
限りなく不利な状況のシンジに対し、
せめてもの援護としてゲンドウたちが用意していたのが、これらなのではないだろうか。
であればこそ、完結編64ページのゲンドウとリツコの会話が生きてくる。
「慣れないことをするもんじゃないな」
このゲンドウの呟きと、彼が倒れている場所がケージ内であることから、
単独でケージに赴き、陽電子砲を零号機に託すためのなんらかのアクションを行ったのだろう。
腹部へ受けた銃弾はその代償だ。
「今さら父親のマネゴトなんて、らしくないですわ」
リツコの台詞も、ゲンドウの行動がシンジのためであることを肯定、補強している。
今さらだろうとなんだろうと、ゲンドウがシンジの援護をしたことには変わりない。
となれば、そのゲンドウの心の変遷はいつ起きたのか。
アダムと初号機に宿るユイの魂が消失し、もはやそれを取り戻すことが
不可能だと悟ったときなのは間違いない。
RE−TAKEという作品の中の時間軸でも、かなり初期なのではないだろうか。
それでも、なかなか心が定まらなかったのも当然で、ゲンドウは自らの計画を捨て切れてなかった。
アダムが消失しているのにも関わらず、完結編の27ページ
一人セントラルドグマの最下層に佇む様子からもそれは明かだ。
きっとゲンドウは一縷の望みを託して、その場に赴いたのだろう。
もしかしたら、消失したアダムが、奇跡的に再度右腕に宿るかも知れない。
書き換えられたユイの魂が戻ってくるかも知れない。
当初の計画を遂行すべく、レイだけでも駆け付けてきてくれるかも知れない…。
しかし、そのどちらも訪れず、代わりとばかりにやってきたのは「死んでいるはず」の加持。
彼に対し、右手を晒して見せたことこそが、ゲンドウの己に対する敗北宣言だったのかも知れない。
答えは出たのだ。それもゲンドウが口にしたとおり、突き付けられる形で。
彼は悟るしかない。この世界で、自分の望みは叶わない。
同時にこの瞬間にゲンドウの「父親のマネゴト」は明確に方向性を得、
間接的なものではなくダイレクトな行動となって発現したのだ。
マネゴトを果たし終えて、死に瀕したゲンドウはいう。
「誰が…一体何の目的があって描いたシナリオか分かるべくもない」
「そんなことが可能なのは…神の御手だけだからな―――」

ゲンドウはついに識ることはできなかった。しかし、いみじくも正しい答えを口にしている。
すなわちこれは神が描いたシナリオなのだということを。
最後の最後まで偽悪的な会話を交わすカップルに、死の片翼が舞い降りる―――。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

EOEアスカはまだ動かない。
レイに対し零号機を召還し、シンジの加勢に赴かせても、自らは決して動こうとはしない。
そんな彼女の前に現れる、一人の少女。
「神」と名乗った彼女は、実に正真正銘この世界の神さまなのである。
そして、今回の世界で初号機に宿った新たな魂というのも彼女だ。
果たしてその正体は―――RE−TAKE完結編ページにもあるとおり、シンジとアスカの娘である。
お腹の子供なら生まれる前に、RE−TAKE2巻においてアスカを護って消滅したではないか――。
そのような問い掛けは充分に理解できる。
だが、この場合のアスカの胎内に宿った子供と、神を名乗る少女の存在は、イコールではない。
詳しいことは後述するが、神である彼女は、
シンジの生み出した世界であればあらゆる場所、空間、時間軸に
存在することができることを意味する。
RE−TAKE1の45ページ完結編の102ページで、
エントリープラグの中でシンジに語りかけているものの正体も彼女だ。
同時に、声だけで姿を見せていないことにも注目して頂きたい。
本来彼女の存在は、とても抽象的なものであり、視認できない概念的なものである。
しかも、神とはいえど全く万能な存在ではない。
おそらく、彼女自身、物理的に世界に干渉することはできないと思われる。
であればこそ、RE−TAKE完結編の183ページ
彼女が消失するシーンの台詞も納得のいく捉え方が出来る。
「ありがとう………ママ」「ママに借りてたたからもの…やっと…返せ……」
つまるところ、アスカの心を喰った(拝借した)のはこの少女であり、
それによって本来持たない肉体を獲得、EOEアスカの前に姿を見せることが出来たのだ。
なぜに彼女はわざわざEOEアスカの前に姿を現したのか? 
その答えは、EOEアスカの行動が説明してくれる。
この期に及んで動かず、以前のシンジと全く同じ行動をなぞるEOEアスカの背中に、
最後の一押しを与えるためだ。
今まで繰り返された世界の中で、
おそらくこの展開まで辿り着いたアスカもいたのかも知れない。しかし、
結末を変えるまでのは至らなかったのは、繰り返される世界が「続いている」ことからも明白だ。
異なる結末に至るためには、やはりEOEアスカ自身が自分の意思で起たねばならない。
その、最後の奇蹟の一押し。
それは、『神』を名乗る少女が消えた後に残された、一通の結婚式招待状。
そこに収められた自らの写真を見たときのEOEアスカの心情はいかばかりか。
シンジと二人ならんで笑顔を見せるアスカ。
どうしてこの自分は笑っていられるのだろう? 
この時、EOEアスカの脳裏に浮かんだのは、RE−TAKE2巻目の中盤の内容の間違いない。
無駄なのに。もうすぐシンジが死ぬって分かっているのに。
子供を産もう、一緒にいようと写真まで撮って。
なのに何故、加持に問われて、幸せだと断言して微笑むことができたのだろう?
これは、心を無くしたアスカからのメッセージでもあった。
ここでRE−TAKE0巻47ページのEOEアスカの心情を重ねたとき。
そう、私は何も間違ってはいなかった。
こんな可能性もあり得た。
全部、過去の私なんかじゃない。同じアスカ同士だ。
同じ自分なら、同じ展開へ辿り着けたはず。
だけど、もうやり直すことは出来ない。
じゃあ、手遅れ? 
ううん、シンジはまだ生きている―――。
包帯を解き、毅然と立ち上がるアスカ。
自らの意思でシンジの加勢に赴いたアスカの前に、更に少女からの贈りもの。
二人と、ロンギヌスの槍を携えた初号機に、量産機が敵うわけがない。
完全殲滅後、使徒であることを知り、自分が滅びねばならないことを知るシンジは、
初号機のコアへ槍の穂先を向けながら、それでも本心では死にたくないと訴えた。
それに対し、EOEアスカが与えた許し。
シンジの使徒である特性を奪い、同時にシンジの自分に関する記憶を消す。
こちらは、自分がシンジへ与えた影響、干渉したことを抹消したと表現した方が近いかも知れない。
結果、世界は平和に転がり始めたのは記すまでもない。
しかし、実にこの世界も現実ではなかった。
正確にいうならば、シンジにとって現実になり得た世界ではある。
そのまま幸福にこの世界で一生を終え、静かに死んでいくことも可能だった世界だ。
だが、シンジは気づいてしまった。この世界は、自らが生み出した幾つもの世界の一つに過ぎない。
これは、使徒であったシンジが使徒でなくなることにより得られる世界であり、
例の永遠に繰り返す世界から派生した一つの可能性。
いわば夢の中で見ている夢のような世界だ。
EOEアスカにしてみれば、こういう可能性もあったとシンジを
その世界に導いたにすぎないのだから、彼女がこの世界をシンジに与えたというのは
語弊があるかも知れない。
…シンジだけが幸せになったとして、彼に忘れ去られたアスカはどうなるのか?
おそらくシンジが新たな世界を幸福に生きている間、
彼女はループを繰り返した世界に一人取り残されるのだろう。
もはやEOEアスカのいる世界はループを繰り返さない。なぜなら、
この世界にシンジはいないのだから。
結末に至ることはなく、あらゆる展開も可能性も停止した世界。
閉園後の遊園地みたいな世界に、一人アスカは静かに佇んでいる。
シンジが、あちらの幸せな世界で一生を終え、満足な死を迎えるまで。
彼の死により、初めて繰り返して終わらなかった世界は終焉を迎え、EOEアスカも死ぬことが出来るのだ。
そうなるはずだったのに。
本来、再会することは叶わないはずのシンジとEOEアスカ。
二人が再び巡り合い、かつ本当にRE−TAKEという物語を終わりに導いたものはなにか。
繰り返して終わらないはずの世界の結末を変えるに至った要素はなにか。
ループし続けた世界はあらゆる可能性があり、幾千も展開されたことは既に説明した。
繰り返した世界の中と、EOEアスカが導いたシンジだけが幸せになった世界でも見られた共通点。
それはキーワードではない。一つの共通した心象風景だった。
RE−TAKE2巻90・91ページの見開き。
RE−TAKE0巻30ページ
RE−TAKE完結編164ページ
幼子を抱え授乳するアスカの姿。
―――弐号機もろとも爆散する瞬間、アスカはそんな幸福な未来を思い描いた。
―――シンジの深層心理でその光景を目撃したEOEアスカは、
このような未来もあり得たことに後悔の涙に襲われる。
―――幸福な世界でそれを体感したシンジは、実はこの世界は与えられたものだと気づく。
なぜならこの光景こそが自分が見た夢そのものなのだから。
思い描き、望み、それでも至れない。

二人でなければ叶わないその未来の風景こそが、RE−TAKEという物語のテーマを統括している。
どちらか一方だけ望んでは駄目なのだ。二人が覚悟を持って挑まなければならない。
未来の光景が現実になる保証もない。それで踏み出さなければならない。
二人で前へと進み出さないことには、未来へ辿り着くことも出来ないのだから。
完結編172ページ。再び繰り返す世界に望んで戻ってきた二人。
これこそ、相応の覚悟を決め、共に世界を終わらせることを誓い成長した二人の姿である。
この二人によって、ようやく本当に、このループする世界を終わらせることが出来た。
それは、この世界の『神』であり、シンジとアスカの娘の消失も意味することになる。
二人はようやく世界を終わらせ、『神』である少女も役割を終えた。
だからといってその瞬間、繰り返していた世界が消滅するわけではない。
結末が変わり、ループするという頸木から解き放たれた世界は、
そのまま一つの現実世界、パラレルワールドとして進行していく。
無限に続く世界などはないから、やがてはその世界も滅びるだろう。
だが、その世界の人々にとって、そこは間違いなく本当の世界だ。
エヴァ本編から派生した無数の可能性の一つであるなど、想像の枠の外にある。
全く新しい世界と形容しても差し支えのない世界で再会を果たしたシンジとアスカ。
双方に今までの記憶はない。
それも当然で、この二人と、使徒であったシンジとEOEアスカは別人なのだ。
繰り返した世界の記憶ごと使徒シンジとEOEアスカは消えてしまったのである。
つまり、新たに再会を果たしてかつ今までの記憶がないように見えるシンジとアスカであるが、
事実は違う。
彼らは記憶がないのではない。この二人はRE−TAKE1巻でシンジが目を覚ます直前の二人なのだ。
使徒であるシンジとEOEアスカが割り込む前の世界に存在した二人にとって、
ループした世界は元から経験も何もしていないに等しい。
あらゆることが寝耳に水で、
そのくせに自分たちがしたらしいことの証拠の数々ははっきりと残っている。
なのに二人の感情は、エヴァ本編の第十六話で初号機がディラックの海に
飲み込まれた頃とそのままだ。喧嘩沙汰まで発展するのも無理はない。
その光景を眺め、綾波レイだけが一人微笑む。
作中において、彼女だけがEOEアスカの姿を視認している。
ゆえに、ある程度の事情が察せたのだろう。それは次の彼女の台詞から伺える。
「これでまたやり直し…」と。
そもそもEOEアスカは意図的に人間に姿を見せることができたかも不明である。
ひょっとしたら、使徒であったシンジと、第弐使徒のリリスの魂を宿したレイにしか
見えない存在だったのかも知れない。

余談になるが、レイの最後の台詞。
この短い台詞の中に、実は彼女なりの敗北宣言が込められいる。
一度は託されたはずのシンジを、結局EOEアスカに連れていかれてしまったこと。
自分はシンジを手に入れられなかったこと。
元々勝ち目はなかったかも知れないが、それなりに彼女の胸は痛んでいるはず。
しかし、レリエル戦の頃のままのシンジとアスカとなら。
新たな闘いを、関係を展開させることが可能だ。
今度は同じ結末(シンジとアスカが結ばれだろう結末)を繰り返さない覚悟が
「いや――これから始まるのね」の台詞において、
「いや―――『また』これから始まるのね」と言っていないことに現れている。
それと、「私達の物語が―――」との台詞で、
『達』と複数形にしてあるところにも見逃せない。
あくまで傍観者ではなくシンジとアスカ二人との関係を望む姿は、
彼女なりの挑戦の表明とも受け取れなくもない。
新たに始まったこの世界は、可能性に充ち満ちているのだから。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

インターミッション:『神』と名乗る少女とシンジが見た夢について

完結編にて初めてそのヴィジュアルを見せた『神』を名乗る少女。
彼女の正体は、正真正銘シンジとアスカの娘である。
ただし、これは抽象的で象徴的な意味としてだ。
草原に腰を降ろし、アスカは幼子を抱え授乳しながら、すぐ隣でシンジが笑っているシーン。
RE−TAKEシリーズに都合三度登場するこのシーンは、シンジの抱く理想の夢だ。
シンジ自身が本当はアスカが好きだった、とのことはRE−TAKE作中内でも言及されている。
そんな彼にとっての幸福は、好きな女性と結ばれて、子供を得ること。
愛しあった末に誕生するのが子供であるからにしても、
わずか十四歳の少年にしては、いささか性急で短絡的な夢と思われるかも知れない。
しかし、ここで本編における碇シンジの生い立ちを考えて貰いたい。
彼は三歳にして、母であるユイをエヴァの起動実験で失っている。
その後、父であるゲンドウは妻を取り戻す為にのみに己が半生を注ぎ込み、
息子へ愛情を注ごうとしなかった。
親戚に預けられたシンジは、家庭と家族愛を知らぬまま過ごす。
最も多感な少年期に、他の一般家庭を憧憬の眼差しで眺めたことも皆無ではないだろう。
結果、少年は達観というか諦観の術を身につけたが、
本来はその手の愛情に対し人一倍渇望しているはずだ。
また、本編の中で、彼が母性の象徴として、赤ん坊である自分が
母に抱かれて乳房をくわえている姿を思い浮かべるシーンも存在したことも忘れてはならない。
自分が体感出来なかった感情を、未来の自分の姿に当て嵌めるという、
いわば代償行為も兼ねている。
そんな彼が漠然と思い浮かべる幸福のヴィジョンを、誰も陳腐とも滑稽とも笑えまい。
アスカのことが好きな果てに抱いた幻想。
夢の中だけに思い描いた漠然とした幸福な未来。二人の幸せを象徴する娘。
RE−TAKE1巻の冒頭でアスカの首を絞めたシンジが、
絶望の果てに生み出した幾つもの夢想の世界。
これは、シンジの中の夢が現実化して、それぞれの世界を形作ったともいえる。
その瞬間、少女は誕生した。シンジの生み出した世界は夢がベースであり、
全ての根幹は繋がっている。
根幹が同一であるならば、全ての世界に彼女は存在する。
ただし、あくまで彼女は幸福の象徴という概念的な存在だ。
シンジ本人ですら視認することは叶わない。夢で見ることなら可能かも知れないが。
ただ、RE−TAKEの今回の世界においては、ユイの魂の代わりに初号機へ宿ることが出来た。
ゆえに、初号機の中でシンジが意識を失った時にだけ、
エントリープラグ内の彼へ言葉をかけることが可能だったわけだ。
意識の喪失=夢を見ているのと同様の状態なのだから。
また、RE−TAKE1巻44ページにおいて、神経接続を切ったのも
彼女に出来る最大限のことだったに違いない。
それが、爆散して助かったアスカの心を借りることにより肉体を得た。
初号機に向けてロンギヌスの槍を渡すという力が振るえたのも、
アスカの心を拝借出来たからだろう。
本来の彼女は、世界に干渉する力を何一つ持ち併せていない。
突き詰めれば、彼女もまたこの終わりなき世界を眺めてきた観察者にすぎないのである。
あらゆる世界に存在し、あらゆる事象を把握、理解する。
だが、それだけの存在。現実の神よろしく、元来自らの意思で力を振るうことはない。
ましてや、現実世界と違い、誰からも崇められ祈られることもない彼女の悲哀を、どう表現すべきか。
孤独な神は、ある世界では二人の関係を嬉しく思い、
ある世界ではまた哀しく思いながら、ひたすら見守ることしかできない。
更にいってしまえば、この逆行世界で彼女が生まれて肉体を得ることは、
時間的にも叶わない。逆説的であるが、それが彼女が概念的な存在に終始する証かも知れない。
この世界は、シンジが延々と再構成するループする世界だと説明した。
つまり、結末に至るまでの時間は、どの繰り返す世界でも同じである。
その限られた時間の中では、アスカが妊娠する世界もあればしなかった世界もあるだろう。
だが、どのみち、この世界の期間の中では、到底アスカは産み月までは至れない。
出産までは十月十日かかるというが、エヴァ本編の時間軸を参考にしても、
ゼルエル戦の直後から勘案してサードインパクトが起こるまで、
臨月を迎える時間も与えられていないのである。
そんな彼女が、初号機の魂に宿るという千載一遇のチャンスを経て、
EOEアスカの最後の背中を押す役目を担う。
しかし、『神』を名乗る彼女のこの行動が、
今回の世界において覚悟を決めて最終決戦に挑むシンジの
勇姿と全く同じ意味を持つことに、読者の方々は気づいているだろうか?
シンジやEOEアスカの手助けをすることは、この世界を終わらせることに繋がる。
この世界が終われば、当然自分も消滅するのに、彼女は敢えてEOEアスカの前に姿を現す。
シンジとアスカの二人は、結果的に本編の赤い海の浜辺に戻ることは出来たが、
造られた夢の世界の住人であるこの少女には、何も与えられることはない。
夢はあくまで夢だ。世界の崩壊とともに彼女の自意識も失われ、
少女は再びシンジの心の奥底の願望へと還る。
世界の終わりを知り自らが消えるのを確信したとき、アスカの心を借りている彼女の悲しみは、
非常に人間性を帯びたものになっている。
消えることは怖いと涙を滲ませながら、彼女はこう心情を告白している。
「これで…今度こそちゃんとパパとママの子供に生まれられるよね」
これは、この世界で生まれてくることが出来なかった二人の子供としての言葉であり、
シンジの思い描く未来の幸福が実現することを願う言葉だ。
繰り返すが、彼女はシンジにとって漠然とした幸福の概念的存在でしかなく、
たまたま今回はアスカの姿を借りて少女の形態を取ることが出来たのである。
「だからママ………パパと仲良く…ね。私…絶対逢いにいくから……頑張るから」
彼女の意思がここで消失する以上、この台詞も論理的にも不可能。
彼女がそうであると自覚したまま二人の子供として生まれてくることは万が一にもあり得ない。
だから、これは祈りだ。
消えゆく彼女に残された、望みという表現すら厚かまく思えるほどの真摯な祈り。
そんな彼女の頭を撫でる、心を喰われたはずのアスカ。
もしアスカが、少女を自分の娘と認識しての行動であれば、
その瞬間彼女の祈りは聞き届けられたことになるのだろうか。例え僅かな一瞬といえど。
どちらにしろアスカのこの振る舞いは、報われない世界で頑張り続けた少女に与えられた
唯一の福音だったのかも知れない。

ちなみに少女の姿がアスカの少女時代に酷似しているのは、
シンジが自分の娘を想像する際、アスカを参考にするしかないからだ。
何もこれは特殊な話でなく一般論である。
たとえば、一組の男女にお互いの子供が産まれてきて成長した姿を思い浮かべてもらうとしよう。
そして二人にその姿を訊ねた場合、
双方はお互いの相手の容姿を幼くした姿を思い浮かべることが多いはず。
実に、自分に似た子供の姿とは想像しにくい。
これが全くの第三者であれば、
夫婦二人のどちらかに似た子供をそれぞれ想像することは容易かったりする。
要は、自分の姿形とは非常に客観視し辛く、
自分自身ではデフォルメしにくいということである。

 

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インターミッション:EOEアスカの台詞
「最期は…一緒に死んでちょうだい」について

RE−TAKE3巻と0巻でそれぞれ一回、アスカがシンジに
「最期は…一緒に死んでちょうだい」というシーンがあった。
そして、完結編175ページ以降に、二人が一緒に死を選ぶシーン。
二人で一緒に死ぬということは同じでも、この二つの意味は、
まるっきり対極のものである。
そもそもの前者のEOEアスカの台詞の背景にあるのは、
繰り返される終わりのない世界に倦み果てたゆえのマイナスのベクトルだ。
シンジがアスカを見殺しにして、全人類を滅ぼして、一人生き残る世界。
シンジが生き残るゆえに続く世界を終わらせるには、シンジもまた死ぬしかない。
ゆえにEOEアスカは言う。
こんな世にも醜い世界に永遠には留まりたくはない。
この世界を終わらせた先に何もなくても構わない。この世界よりはマシよ。
だから最期は一緒に死んでちょうだい
、と。
彼女自身気づかぬままに口にしているが、それは逃避でしかない。
また、これは限りなくシンジに異存していることの裏返しでもある。
自らは動こうとせず、最後の最後までシンジになんとかさせようとしている。
なにせ自分は巻き込まれただけの被害者なのだから。
RE−TAKE3巻62・63ページRE−TAKE0巻36・37ページでの微笑みも、
もはやシンジに対する憎しみを通りこしているようい思える。
一際強烈な意趣返しとも映る微笑むの正体はなにか。
それらは、全てREーTAKE0内で語られている。
シンジに対する憎しみは、もちろん自分を見殺しにしたことにある。
しかし、幾つもの世界を巡るうちに繰り返すうちに、EOEアスカは気づいてしまった。
ひょっとして、悪いのはシンジだけではないんじゃないの?
シンジは私を受け入れない。では、私はシンジを受け入れようとしたのか?
そのことを、アスカは無意識で封印し、憎しみで塗り固めた。
あくまで悪いのはシンジなのだ。
一度自らについた嘘。それを反故しないように、更に嘘を重ねていく。
あらゆるシンジの行動と感情に理由を付け、憎しみの甲冑で真実を覆い続ける彼女は、
RE−TAKE完結編8990ページの台詞に著明に表れている。
更にシンジ自身も、ひたすら逃げ回ってくれるものだから、
アスカにとって嘘は真実へとすり替わっているのは明白だ。
既に繰り返された幾つかの世界では、
EOEアスカ自身がシンジの前に現れ引導を渡したこともあるのだろう。
「アンタは使徒なんだってば」と。闘っても救いはないのだと。
その瞬間、多くのシンジは絶望し、逃げ出したに違いない。
なのに、今回のシンジは逃げ出さなかった。
あまつさえ、闘う理由は、EOEアスカが見ていてくれるからだという。
泣き崩れるEOEアスカであったが、この時点で彼女はまだ動かない。
更に神と名乗る少女に諭され、ようやく自らの過ちを認めた。
シンジは最初からアスカのことが好きだったこと。
自分が生み出した無想の世界の数々でも、理想のアスカを投影して愛していたわけではない。
彼が本当に好きなのは、
全ての根幹にあるのは本編のアスカ、すなわちEOEアスカであるということを。
EOEアスカは、幾つもの世界を巡り、その世界の過去の自分に嫉妬するだけで、
元々のシンジの想いに気づかないフリをしていたのだ。
対して、アスカは自分がシンジへ向ける想いにも気づく。
少女が残した結婚式の招待状。
シンジを信じ、自らの幸せを確信したゆえの証。
これは、過去の自分だけの感情ではない。
過去の世界・本編世界において、私の方こそシンジを受け入れれば、
理解しようとしてあげれば、こんな関係になる可能性もあったのだ。
前の世界でシンジが一方的に悪いわけではなく、自分にも非があったことをようやくアスカは認めたのだ。
過ちに気づき、自らの意思で世界を終わらせようと決めたEOEアスカは、シンジに加勢する。
量産機を殲滅した初号機のコックピット内で、
EOEアスカの覚悟は決まっているものの、
まだこの段階ではシンジの方の覚悟が定まっていなかったりする。
シンジの生への未練とその贖罪を認め、EOEアスカは彼を許す。
結果、シンジだけが幸せな世界に転移し、アスカはひっそりと全ての業を背負い、
一人消えることを選択した。
この行為は、まちがいなく今までシンジを憎んできたことに対するアスカの償いだ。
なのに、シンジは幸せな世界を否定して、EOEアスカの元へと戻ってくる。
完結編172ページにおいてシンジはこういう。
「それに…約束したからね」「最後は一緒に―――って」
もう一つの可能性である世界で三年の月日を経て、ようやくシンジの覚悟も定まった瞬間だ。
そんな彼を罵るEOEアスカの表情。
嬉しさと悲しさがない交ぜになって涙が溢れる顔は、
台詞と口調を裏切っているのである。
そして、ようやく二人は世界を終わらせるため一緒に死ぬことを選択した。
こちらの意味は、前述のEOEアスカが望んでいたものとは台詞は同じでも、
正反対の方向性を持つものであるのは自明である。
世界を終わらせるために二人が死ぬことには変わりはない。
だが、最後の二人は、あくまで前向きだ。自らの責任を放棄するのではなく、
自らの手で繰り返す世界に幕を引くために。
二人でいがみ合い、拒絶しあったエヴァンゲリオン本編の世界。
でも、あの世界でも、互いを許しあう可能性があった。
何回も可能性の世界を繰り返し、ようやく二人はそのことに気づいて、お互いを許し合ったのである。
かくして長い長い時の果て、一つの繰り返された世界は終わった。
本来、そこで消えてしまうはずの想いと魂は、
強い力を秘め、エヴァンゲリオンという物語の本編へと還って行く。
同時にそれは、RE−TAKEという物語のラストシーンへ繋がっていくのだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

このRE−TAKEという物語のラストシーン。
極めて散文的に説明してしまえば、シンジとアスカはお互いを許し合い少しだけ和解した。
そして、命の海から一人の少女が還ってきた。
きっと彼女を皮切りに全ての人類が還ってきて、おそらく世界は復興を始める。
希望の持てる未来にめでたしめでたし―――といったところだろう。
しかし、このシーンに至るまで、一体どれだけのものが積み上げられてきたのか。
また、このラストこそがきみまる氏の最も描きたかったシーンであり、
RE−TAKEという作品の内容も、このシーンに至るための全てであった、と形容しても過言ではない。
このパートを最終章として、その理由を解説していきたいと思う。

そもそもが、二人は拒絶しあったまま迎えたエヴァ劇場版の結末。
相手を否定するがゆえに首を絞めるシンジ。相手を否定するがゆえに
「気持ちワルイ」と口走るアスカ。
あの瞬間、二人が互いを許せるわけがない以上、時間は止まったままだ。
エヴァンゲリオン本編としての物語もそこで終わってしまっている。
そんな二人が、互いを許す結末に至るにはどうすればいいのか?
てっとりばやいのは本家本元の製作会社であるガイナックスが
続きを描けばいいのだが、それは不可能である。
矛盾するようだが、あの二人が互いを許し合うには、
本編でその続きが描かれなければならない。
しかも、あっさりと互いが許し合う展開が描かれればいいというものではない。
深い確執を解きほぐす為に、それなりのエピソードをもって
二人の関係を改善させて、その上で新たなラストシーンが提示した時、
初めて視聴者は納得するだろう。
しかし、エヴァという作品は、あのシーンで紛れもなく完結してしまっている。
だから、二次創作上において、如何にあのシーンから二人の物語を描いたにせよ、
それはあの二人にとっての現実ではない。正統な本編たり得ない。全て虚構なのだ。
ゆえにRE−TAKE作中のアスカも口にしている。
「本当の私達は―――ずっとあそこにいるのに」

二人がお互いを許し合える―――。一言でいえば簡単だが、
実行するとすれば限りなく難しい。
前述したとおり、本家が続きを作ってそのプロセスを描くのならば可能だろう。
が、おそらくそれはあり得ない。
では、それを漫画同人誌というジャンルで行うことは可能なのか?
この場合、漫画に限った問題ではない。小説でも、アニメでも、ゲームでも構わない。
本来なら、不可能である。しかし、きみまる氏はこう考えた。
ようは説得力である。仮に、ファンとしての二次的な創作物でも、
読者を納得させることは出来ないものか?
そう思いつき、物語を造る過程が困難を極めたことを想像するのは容易い。
前述した通り、本家であるガイナックスが安直な続きを出してきたところで、
ファンは納得できない。
ファンが納得しないということは、
エヴァが好きで二次創作を行おうとしているきみまる氏本人も納得できないということになる。
しかし、ついに氏はその舞台装置を思いつく。本編に比肩する説得力を発生させる物語を。
改めてRE−TAKEの内容に想いを馳せて頂きこう。

―――延々と繰り返す世界。無限に傷つけあう二人。
絶望と失望で編まれた時の牢獄。
あの虚構の世界に入り込んだシンジとアスカであるが、本来、
その世界で互いの精神的成長はありえない。
なぜなら、現実ではないのだから。
虚構の世界で何をしようと、それは現実には一切作用しない。
これは、エヴァ本編と二次創作との関係と同じだ。
如何に二次創作上で違った本編と違った展開や結末を描こうと、それは虚構である。
決してエヴァ本編の結末は変わりはしない。
EOEアスカが達観するように、いかにどのような物語を展開させようと、
結末は変わらないのだ。
自分ではどうすることも出来ないと思いこみ、
ひたすらシンジに対する恨みを募らせていた繰り返す世界。
今回も同じ結末を迎えるはずだった世界で、折り重なる奇蹟。
その果てに、作中のEOEアスカはとうとう自らの力で物語を終わらせようと起つ。
これを言い換えれば、アスカが起つまでに幾つもの世界を経る必要があったのではないか?
また、閉じこめられたとばかり思っていた、
時の牢獄だと思っていたこの世界は、本当にそういう性質のものだったのだろうか?
ひょっとして、アスカ自身が動かないゆえに、終わりのこなかった世界ではないのか?
同時に、これはシンジにもいえることでもある。
この物語は、いくつもの幸運が重なった上で、
最後にシンジとEOEアスカ、二人が共に起たねば終わらない。
お互いが許し合わなければ前に進めないのは、劇場版のラストシーンと全く同じ条件である。
だとすれば、繰り返す世界は決して無駄ではない。
幾千、幾億もの世界を経て、普通あり得ない因子が発生した。
それは、アスカとシンジの精神的成長である。
前述したが、それは虚構の世界ではありえない。
しかし、それは描れた。
膨大な数の醜くも美しい世界を経て、読者の前に提示された。
完結編175ページからのシンジとEOEアスカが初号機内で交わす会話が、
お互いの成長を物語る。
この時、二人は間違いなくお互いを許し合っているのは説明するまでもない。
本編での悲劇をも全て肯定し受け入れて、なお逞しく。
シンジのこの台詞が、全てを象徴していると思う。
「俺…エヴァのパイロットに生まれて―――良かったよ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

そして、赤い海から始まるラストエピソード。
アスカの上にシンジが馬乗りになっている状況はエヴァ本編の最終回そのままだ。
なのに、二人がお互いにきょとんとした顔を見合わせているのはどういう理由か。
シンジは、他人から拒絶されるくらいならその前に、とアスカを扼殺しようとした。
アスカは、最後まで見ているだけで助けに来てくれなかった恨みと、
シンジの身勝手な行動に「キモチワルイ」と呪詛の言葉を吐く。
互いの剥きだしの感情をぶつけあったはずだが、
どう考えてもその直後には相応しくない表情が浮かんでいる。
これは、シンジとアスカの心中に、全く突然に相手を許そうとした感情が出現したからに他ならない。
本編の流れに沿った場合、これは不自然である。
そのような感情が発生する要因はない。
そんな現実世界の二人にあり得ない変化をもたらしたのは、
繰り返す世界を終わらせた使徒シンジとEOEアスカである。
本来、シンジが夢想した虚構の世界が、現実世界へ影響を与えることはない。
例えるなら、山の頂きから流れてくる川を想起して貰いたい。
その川の源泉こそが現実世界であり、虚構世界はそこから派生した流れと仮定しよう。
源泉から溢れた水は、下流に行くにつれ枝分かれし、
時には鋭く、時には緩やかに流れていくだろう。場所によっては水質も変わってしまうかも知れない。
途中の流れに大量の塗料でも入れれば、
そこから下流の水の色を染めてしまうことも可能だ。だが、その流れは常に一定である。
遡上することはあり得ない。
流れに逆らい、塗料が源泉に達することも無ければ、上流を染めることも不可能。
一度流れ出てしまった流れは、決して源泉に影響を与えないのだ
幾千も繰り返した世界を、あちらの二人が己の意思で終わらせた。
ループする世界を終わらせる鍵となるのは、二人の精神的成長である。
虚構世界においてそれはあり得ない。なのに奇蹟は起きた。
結果、繰り返した世界は終わりを迎え、あちらの世界のシンジとアスカは消滅した。
だが、その奇蹟の領分は、あくまであちらの世界に限ったものに過ぎなかったはず。
源泉から溢れた一つの川の流れ。
なにかしらが原因で堰き止められていた流れは淀みを越え、緩やかに動き出した。
それだけで終わってしまうはずの奇蹟は、更に奇蹟を呼ぶ。
虚構世界では本来発生しないはずの「二人の心の成長」という因子。
これは、繰り返した世界ゆえ淀んだ流れゆえ孵化することが出来た稚魚のようなもの。
果たして稚魚は流れを遡上し、源泉へと達した。
つまり、虚構世界のシンジとアスカの成長の証は消えることがなく、
あろうことか現実世界へとフィードバックされたのである。
川の流れに例えたように、今現在赤い海にいる二人と、
過去の世界で使徒であったシンジとEOEアスカはそれぞれリンクしない。
過去の世界=虚構世界の二人が現実に戻ってくることは不可能なのだから。
従って、あの世界の記憶も当然持っていない。もしかしたら、
朧気に何かを覚えている感じがあるかも知れないが、とても全てを思い出すまでには至らない程度。
だけど、過去の世界でも紛れもなく二人が生きていたことは事実。
世界は終わっても、二人の生きた証は残された。
それは虚構の壁を越えて、現実のシンジとアスカに手渡されたもの。
「本当はお互いに許しあえた」「二人とも幸せになれた」「憎み合う理由なんてなかった」
もちろん、全ての想いがそのまま伝わったわけではない。この想いすら、
本来は発生することが無かったはず。
手渡されるまでに擦り切れ、綻び、それでもどうにか現実の二人に届いた想い。
届いた時に、それはとても小さなものになってしまった。
けれど、シンジとアスカの心に、お互いを許し合う感情を、確かにもたらしたのである。
だから二人は戸惑った表情を浮かべたのだ。
同時に、エヴァ本編のラストシーンも動き出した。
互いが憎み合っているがゆえに終わってしまったあの結末。
あのまま世界ごと止まってしまった二人。
そんな二人の中に互いを許し合う感情が芽生えれば、世界が動き出すのは必定。
かくして止まっていた結末は動きだし、シンジはアスカの上から身体を離す。
彼女から離れて膝を抱えるのは、
素直に自分した行為が気まずかったからだ。この時、
彼の中にアスカを許す心が生まれていたので、気まずさも倍増である。
また、この二人きりの世界を現出させてしまったことに責任も感じているのだろう。
だからといって、具体的にどう責任を取るべきか。
何の行動を起こせばいいのかすら分からない。当然言葉も掛けづらい。
そんな彼の背後にアスカは立つ。
彼女も言葉こそなかったが、外した包帯の下に傷痕はなかった。
その事実はアスカにとって僥倖であるが、シンジにとっても救いである。
少なくとも、自分の不甲斐なさがアスカに傷を負わせたと、傷をみるたび自己嫌悪に陥る必要がない。

そして、命の海から浜辺に打ち上げられる一人の少女。
エヴァ劇場版サードインパクト中に、
シンジが初号機の中で聞いた台詞の一つに
「人が望めば、自分の姿を取り戻すことが出来る」がある。
この少女は、まさしくそれを体現した最初の人類というわけだ。
幼い彼女に、現状を把握してその場に大人しく留まることなど選択しようもない。
好奇心のまま彷徨い歩く少女は、やがて自分以外の二人の人間を見つける。
瓦礫に背を預け眠りこけるのは、もちろんシンジとアスカである。
RE−TAKEという物語のラストページは、二人の手元にクローズアップされて終わる。
そこに重なる二人の小指と小指。
これに、今の二人の心情が投影されている。
触れたくないわけじゃない。深く触れれば、またお互いを傷つけるから。
でも、触れずにはいられない。
それが小指一本分だけの許容範囲。
小指一本分だけ、お互いの心に相手がいる証。
また、こう形容することも出来るだろう。
あれだけの世界を経て、
やっと本編の二人は小指一本ぶんだけお互いを許容することが出来たのだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

劇場版のラストシーンから二人を前に進める為に、
RE−TAKEの中で膨大な時間が繰り返されたことは前述した。
しかし、実にこれは作者であるきみまる氏にも言えることなのだ。
RE−TAKEという物語の作者として、エヴァ漫画同人誌の作者としての視点で捉えた場合、
今作のラストシーンは、また異なるメッセージを示している。
一九九七年に劇場公開された「EOE」。あのラストシーンにきみまる氏が納得いかず、
この作品を描き上げたことは語るまでもない。
同様に、劇場に足を運んで結末に納得がいかなかったファンが多数いたことは、
当時より爆発的に増加したエヴァ関連のWEBサイトの数から明かだろう。
そこで指し示された多くのネット小説の数々。
それらはエヴァFFと呼ばれ、書き手は作家と称された。
彼らは文章をもって、自分なりの納得のいく結末を模索した。
あの二人に、幸せな結末を。登場人物のみんなが笑って暮らせる世界を。
中には、エヴァ本編そのものを忌避し、異世界でアスカとシンジの二人の物語を書いたものもいる。
幾多の素晴らしい物語が発表された。これこそが本当のエヴァの結末だ、
と読者によっては賞揚される作品もあった。
しかし、いくらよく出来た素晴らしい二次創作品があったとしても、
それがエヴァ本編の結末に成り代わることは決してない。
完結編8283ページのEOEアスカの台詞。
彼女がきみまる氏の心情ともどかしさを代弁している。
これはそのままエヴァFFを含めたあらゆるジャンルについて語るシーンであると同時に、
二次創作の虚しさも切々と伝えてくる。
虚構の世界が現実に影響を及ぼすことはないのだ、と。
そして、劇場公開から七年の時を経た西暦二〇〇四年。
一冊の漫画同人誌が発行された。
それこそがRE−TAKEである。
今回で完結したこの作品の内容は、最初は単なる逆行ものと理解した読者も多かったはず。
しかし、話は単純ではなかったのは、
完結編まで読み終えた読者の全てが痛感していることだろう。
この物語は、幾千もの世界を繰り返し、
気の遠くなるほどの時間を重ねた上に訪れた奇蹟を描いている。
あの赤い海のラストシーンから長い時間を経て、
ようやく二人が新たな結末に辿り着く物語だ。
そのことは、取りも直さず、
きみまる氏がRE−TAKEという作品を描き上げるまでの構図と酷似している。
劇場版エヴァ公開から、七年という長い月日を経て発表された作品。
更に二年の月日をかけて完結まで辿り着いた物語。
RE−TAKE内で幾千も繰り返された虚構の世界をEOEアスカは一笑に付しているが、
虚構だからといってそれらが意味を失うわけではない。
同時に、エヴァの二次創作界における作品の製作と発表も、
本編の続きそのものに成り代われないからといって、決して無意味ではないはず。
少なくとも、二次創作作品に喜んだ読者はいた。
インスピレーションを受け、新に書き出したものもいる。
そしてきみまる氏も、これら二次創作に数々のインスピレーションを受けたのは間違いない。
事実、RE−TAKEという作品も、エヴァFFにおける
「逆行」「アフターEOE」というジャンルで分類することが出来る。
(もっとも分類したところで、この作品の内容は既存の二次創作と同列に並べられるものではないが)
七年もの間に多くの作者から紡ぎ出された多くの物語。様々に発展を遂げたジャンル。
それらを背景に、ようやく氏はこのRE−TAKEという作品を生み出した。
これら先駆者たちの功績がなければ、この作品は創られなかったかも知れない。
同時に、RE−TAKEが出来るまで、
この七年という月日が必要だったことも意味するのである。

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ラストシーン近くで、命の海から還ってきた少女。
彼女は、純粋に読者の視点となる存在と解釈するのが普通だ。
しかし、エヴァの二次創作という観点から見ると、また別の役割を担わせることが出来る。
人類の肉体の境界線がなくなってLCLと化し、
それが集まったのが命の海。
すべての個人の心が相互補完されいる世界は、
現実とは別の虚構の世界。
海の外にこそ現実があるのかも知れないが、
それを確認する術は命の海に溶けてしまった人類に存在しない。
なぜなら、エヴァ本編での現実はそこで止まっているから。
本編で人類の還ってくる描写はされていないのだから。
この対比構造も、RE−TAKE内における赤い海の現実の世界と、
シンジがその結末を拒否し生み出した無数の虚構世界とに当て嵌まる。
そして、その虚構世界から還ってきた少女は、
幾つもの二次創作の数々の果てに創りだされたRE−TAKEという本と同じだ。
両者の前に提示されるは、本編から動き出した別の結末。
…この物語は、きみまる氏がエヴァという作品を愛するゆえに、
アスカというキャラクターを愛するがゆえに描かれた、エヴァ本編に対する挑戦である。
その挑戦の是非や結果を、わたしは一切語る言葉を持たない。
また、仮に勝敗があるとするならば、それは読者自身に委ねられることだと思う。
ただ許されるならば、読者のみなさんにこのような問い掛けをわたしは発したい。
この物語のラストシーン、完結編の194ページ以降だけを読んだ場合と、
REーTAKEという作品を全て通して読んだ上でこのラストシーンの辿り着いた場合。
貴方はそれぞれどのような印象を受けたのでしょうか?
もちろん、全シリーズを通して読んでいる読者の方がほとんどだろうが、
そこは是非想像の翼を広げてもらいたい。
どちらも、劇場版直後のエヴァの続きなのは間違いない。しかし、
通読した時のほうが様々な強い印象を受けるはず。
その上でのラストシーンは、より深い読後感を与えてくれるだろう。
その時、読者の方々が抱くさまざまな感情。エヴァ本編に対する感慨。
現実と虚構を繋ぐ橋は架けられた。
貴方が、エヴァ本編の最後に見た時と同じ感覚でこの物語のラストシーンを読めたとするなら。
あの感覚を「REーTAKE(取り戻す)」して、この物語を受け止めることが出来たとしたなら…。

最後に。
この物語は、幾千もの世界を経て、
やっと本編の二人が小指一本ぶんだけ
お互いを許容することが出来るまでの物語であるとは、繰り返し述べた。
エヴァ本編の最後。
あの止まったシーンから時間を進ませるための目的で描かれたものだとも説明した。
同時に、全5冊、累計500ページ以上のボリュームで完結したこの作品は、
その内容ともどもも含めこうも言い換えることが出来る。
あの二人に小指一本分とはいえお互いに心を許容させるには、
これだけの物語が綴られる必要があったのだ、と。

 

 

 

 

インターミッション:エヴァ本編におけるアスカの外見と心情について

完結編8990ページにおいて、EOEアスカが自らの容姿について述べるシーンがある。
「私がドイツにいた頃は十人並のルックスに筋肉質な体格で男の子なんかに相手にされなかったのに」
もちろんこの台詞は、エヴァ本編における自分を指しているのだろう。
しかし、彼女のこの物言いに違和感を抱いた読者も多かったのではないだろうか?
エヴァ本編では、彼女の容姿が際だっているかのような描写が多く見られた。
エヴァFF界においては、金髪碧眼のスーパー美少女と定義され、浸透しているくらいである。
では、この解釈自体、きみまる氏独自のものなのかというと、実はそうでもない。
本編世界におけるアスカを彼女自身の目線で眺めれば、先ほどの十人並宣言は、
むしろ肯定できるものだ。
RE−TAKEという物語の内容から少々脱線するかも知れないが、
ここでは本編アスカの外見と本人の内面とのギャップについて言及したい。

エヴァ本編において、特に第八話から第拾弐話あたりにかけて、アスカの姿は輝いて見えた。
作中の二大ヒロインであり、シンジに対し、
『母性』を担う綾波レイとの対比で『女性』という属性を与えられた彼女。
実際に本編第九話などでは、彼女の外見が魅力的なことを強調されている。
存分に勝ち気で強気な立ち振る舞いをしておいて、
イスラフェル戦決戦前夜にシンジの布団に寝ぼけて転がり込んだ挙げ句、寝言で涙を流す。
このギャップに、すっかりアスカに対して骨抜きになったファンも多かったのではないか。
また、第拾五話において、
ヒカリからの強引なお願いで姉であるコダマの友人とデートをしたこともある。
これも、彼女の容姿が際だっていた証左たり得るだろう。
彼女が、こと魅力的に我々視聴者の目に映ったのは、
作り手側の演出である、と決めつけてしまえば身も蓋もない。
しかし、作中の登場人物たちが、彼女に魅力を感じていたのは紛れもない事実である。
では、アスカにとって、周囲の登場人物たちはどう映っていたのだろうか。
綾波レイは素直にライバルと呼ぶにはなんとなく不透明な存在。
ミサトは同居人というよりルームメイト感覚。
加持は憧れの大人の男性であり、
ヒカリは同年代でたった一人の心の許せる友人。
シンジに関しては、これが難しい。
RE−TAKE内でも語っている通り雑多な負の感情が大きく、
彼の主体性のなさも含め、いちいちアスカのカンに触る存在だった。
その割には、もっともシンジの人格を分析、把握していたのもアスカで、
異性として気になっていたのは間違いない。
他の登場人物に至っては、それこそ十把一絡げである。
作中で見せる彼女の周囲の人間への視界は、驚くほど狭い。
更に、全ての人間に対し、共通しているアスカのスタンスがある。
それは、彼女が登場人物の誰一人として『信じていない』ことだ。
エヴァ本編において、彼女が信じられる存在はない。
というか、幼少の頃母親を失ったその時から、彼女は他人を信頼できなくなってしまっている。
元々、幼児にとって、母親とは絶対的な信頼の対象である。
母親にしても、幼い子供は庇護の対象だ。
お互いの血肉を分けた存在。互いを信頼するのに理由は存在しないはず。
しかし、アスカの母親であるキョウコは心を壊し、
幼いアスカに対して一緒に死んで欲しいと訴える。
母からの信頼を喪失したアスカはどうしたか。
アスカは、原因があくまで自分にあると考え込んだ。
幼いなりに必死で考えた彼女は、一つの結論を出す。
母親から信頼されなくなったのは、自分に何かが足りなくなったからだ。だったら、
他のもので補えばいい。
ゆえに、幼いアスカは、エヴァのパイロットという新たな要素を獲得。
世界を護るエリートの仕事だ。
誰からも絶対に褒めてもられる役割だ。だから、
ママもきっと喜んでくれるはず。
吉報を告げるため、病室を訪れた彼女が見たのは、
母が首と吊って死んでいる姿だった。
この時、まだ幼いアスカの中で、母親という存在の意味が書き換えられた。
例え血を分けた母親といえど、盲目的にこちらを受け入れてくれる存在であり得ない。
彼女の人間不信の根幹はここにある。
最も近い人でさえ、自分を見てくれなかった。
この時、彼女のアイデンティティは崩壊しても不思議ではなかったのだが、
幼いアスカは自分が新たに獲得した役割を持って自身の存在意義を確立した。
それがエヴァのパイロットという自分である。
世界を護るという、誰からでも賞賛される役目。
その役割を忠実に担う自分なら、みんなが見てくれる。
信頼してくれる。
ゆえに、挫折した時の反動は凄まじかった。
本編弐拾四話目において、アスカは廃虚の中のバスタブに体を沈めていた。
それまで身を寄せていた洞木ヒカリも疎開してしまったことにも起因するだろうが、
このシーンには彼女が頼るべき存在のないことを如実に表している。
また、バスタブの中のアスカが呟いた台詞。
「エヴァに乗れない私に、何の価値もないのよ…」
文字通り、彼女にとって、エヴァに乗ることが全てだった。
自らの容姿や大学を卒業した頭脳にも、何の価値も見いだしてはいない。
セカンドチルドレンであることが至上命題である以上、
それらは全て二義的なものでしかないのだ。
如何に自分が他人に美しく見えようと、それがエヴァに乗ることに関係ないのならどうでもいい。
勉学に努め十三歳にして大学を卒業したが、
それもセカンドチルドレン足る為だ。
全ての努力はエヴァパイロットであるために捧げたものであって、
結果に結びつきさえすればよい。
その努力の仮定で獲得した他の能力には、アスカはなんら価値を見いだしていないのである。
何の訓練も受けていないシンジが初っぱなで初号機を起動した挙げ句、
シンクロ実験で自分を追い抜いたと知ったとき、
あれだけ激しく彼女が憤慨した理由も頷ける話だ。
ともかく、このような理由により、アスカは
『エヴァに乗れる自分』という以外の自身のスペックには関心がない。
また、エヴァのパイロットであるという自分への評価しか信用しない。
よって、何も知らない人間に綺麗だと褒めそやされて、
彼女が喜ぶ道理はない。
これが本編第九話の冒頭において、
下足箱から溢れるラブレターを容赦なく踏みにじった所以である。
もっとも他人の言うことは信用しないにしても、
波風を立てないよう付き合うくらいの世間智も身につけているらしいが。
翻って完結編においてのEOEアスカの台詞を思い出して頂きたい。
ここまで説明した本編中のアスカと、
それほど差違はないはずである。
むしろこちらの解釈を納得出来る部分の方が多かったのではないだろうか?

エヴァ本編中においての加持リョウジは、アスカにとって唯一
『エヴァのパイロットである』自分を評価してくれる年上の男性だった。
だからといって、本当にアスカが『加持』に対し恋心を持っていたかどうかは疑問に残る。
本当は、自分のことをエヴァのパイロットとして見てくれる異性であれば誰でも良かったのではないか。
年上であることも、包容力に対する期待の表れではなかったのだろうか。
これらの可能性は否定できない。
ただ、間違いなく、彼女に取っては数少ない恋愛対象になりうる異性ではあった。
結果としてその想いも裏切られる形になる。
加持はそのまま姿を消し、ますますアスカの人間不信は強烈になったのは記すまでもない。
では、加持と同じく、アスカがエヴァのパイロットであると知る立場にいたシンジはどうなのか。
本編の丁度中盤辺りのシンジの活躍を見て、
それなりにアスカの中で彼に対する心の変遷はあっただろう。
それが本編第拾五話におけるキスである。
もっともこれは、加持に対する当て付けの意味も濃い上に、
やはりシンジとは恋愛できないとの確信を深めたといっても良い。
キスをする前もした後も、シンジの反応は徹頭徹尾お子ちゃまだったからだ。
自分と同じく特別な存在にありながら、
それに固執していないシンジは、アスカにとって理解の範疇外の存在だ。
キスをしたからとって、やはり理解できることではない。
異性と見ることは出来ない。
もっとも劇場版において、シンジが異性であることを、
アスカは否応なく思い知らされることになるが。
また、同じく劇場版での彼女のこの台詞こそ、
彼女が如何に他人を信用していないか伺えるだろう。
「アンタが全部私のものにならないなら、私は何もいらない」
相手の全てを手に入れて、
絶対に裏切られることがないと確信してからの言葉でなければ信用できない。
本編中のアスカの信頼を得るには、オールオアナッシングしかない。
RE−TAKE1巻、70ページで語られているように。