ただアスカを抱きしめて、細い肩に頬を埋める。
アスカの匂いを胸一杯に吸い込み、僕はますます抱きしめる腕に力をこめた。
「結婚しよう、アスカ」
腕の中にある、確かなアスカの温度。存在。
逃がさないように、消えないように、僕は心の底から願う。
「ずっと…一緒にいよう」
震えるアスカの身体を優しく包んで、僕は確かに決意をした。
「ずっとね」
僕の背中に廻ったアスカの腕にも力がこもる。
「う…ん」
震える声。それがアスカの精一杯の答え。
触れあう僕とアスカの頬。その間を暖かいものが流れて行く。
アスカの流す涙だと気づくと同時に、嗚咽が僕の耳に響く。
「ふっ…ぐ…うぅ」
「アスカ?」
僕は戸惑ってしまう。こんなに泣きじゃくるアスカは、今まで見たことはない。
「うぅーっ」
「ほら、もう泣かないで…」
綺麗な髪を抱え込むように、そっと耳元に囁いた。
ますます泣き声を高くして、アスカは僕の胸に顔を埋めてくる。
もう僕には、優しくアスカの背中を撫でるくらいしか出来なかった。
華奢な肩を抱き留めながら、じんわりとある単語を意識する。
『結婚』
意味が分からないほど馬鹿じゃない。
男女二人が、夫婦になることだ。
でも、この歳で、夫婦?
学校でトウジに冷やかされたことを思い出す。
もし、結婚してからなら、本当に夫婦ゲンカになっちゃうなあ…。
気恥ずかしくて、思わず首をすくめてしまう。
やっぱり、まだ早いよ、結婚なんて…。
そんなお気楽な思考を切り裂くようにアスカの言葉を思い出す。
『もうじき子供じゃいられなくなっちゃうんだから。その…強制的に。正確には八ヶ月後くらいに…』
…正直、その、驚いたというか、当然というか。
頬が赤くなるのが自分でも分かった。
そりゃああれだけずっと抱き合っていたんだから、自然現象なのかもしれない。
その過程はともかく、その結果まで考えてしまうと、どうしても戸惑ってしまう。
今アスカのお腹には、僕たちの子供がいるわけで…。
僕はアスカの両肩に手を当てる。
ゆっくりと僕の胸から起こしたアスカの顔は、涙でグシャグシャだったけど、もう泣いてはいなかった。
まだ微かにしゃくりあげるような感覚が、肩に置いた手から伝わってくる。
唇を噛み、上目使いに見つめてくるアスカ。
涙で濡れた青い瞳は、まるで宝石のようにキラキラしていた。
また抱きしめたくなったけれど、我慢して僕は言う。
「…アスカ、あのさ、お腹は冷やさないほうがいいと思うよ?」
見下ろしたのは剥きだしのアスカのお腹。いくら暑いからってこんな服はちょっと…。
そして泣き笑いの表情になったアスカの返答はこう。
「…アンタって、時々デリカシーないわよね…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シンジに抱きしめられ、私は思わず泣いてしまった。
色々な感情がグルグル頭の中に溢れてどうしても止められない。
妊娠を告白した恥ずかしさもあった。
将来的に子供を産むことに対する未知の怖さもあった。
シンジが拒絶するわけはないとは思っていたけれど、不安がなかったといえばウソになる。
なによりアイツの今の状態。
精神汚染。
きっと使徒から私を庇ったときに受けたもの。
そして現状だって決して楽観できるものじゃない。
いつ次の使徒が攻めて来るのかも分からない。
恒久的な平和じゃない、いわば小康状態。
次に使徒が襲来したら勝てる保証だってありはしないのだ。
勝てたとしても、それがシンジの命を縮める結果になるのだとすれば……想像したくもない未来。
だとすればもうどれほどの時間が残されているのだろう?
結局は『今』だけの時間しか、私たちには意識できない。与えられていない。
そして、その『今』はこの瞬間も着々と流れつつある。
だから私はシンジに言ったのだ。
『私と……ケッコンしなさいよ』
実のところ考えに考えて行ったわけじゃない。
シンジの背中を眺めているうちに、ふと思った。
そして思った瞬間、口から飛び出していた。
口に出すと不思議なもので、それは凄く当たり前の言葉に聞こえた。
だって、お互いに好きあっている二人が最終的に行き着くのはそれじゃない?
結婚して、愛し合い、子供を作る。
人間は、そうやって連綿と命を受け継いできたんだもの。
…私たちの場合は、その、順序が逆かもしれなかったけどさ…。
でも、愛し合っているんだから、問題はないはず。
子供が出来ること、産むことに、覚悟はしていた。
お互いの身体的な欠陥がない以上、いずれは出来るとも思っていた。
だから、全然後悔はしていない。
出産が滅茶苦茶痛いってのは、ちょっと怖いけど。
そんな雑多な感情を礎に、私はシンジを独占したいと願った。
独占されたいと願った。
シンジは答えてくれた。
『ずっと…一緒にいよう』
その一言が、私の心の不安を弾き飛ばす。
胸に溢れたのはたくさんの嬉しさとほんのちょっぴりの切なさ。
シンジの背中に指を食い込ませ、もう私の涙は止まらない。
ただ、シンジが私の背中を優しく撫でて叩いてくれる感触が、感情だけの世界にリズムを与えてくれた。
……デリカシーのない台詞をいってくれたシンジからティッシュを受け取り、鼻を噛む。
あたらしいティッシュで目尻と頬の涙を拭った。
やだ、私、こんなに泣いちゃうなんて…。
ようやく落ち着いて、二人寄り添ったままカーペットに腰を下ろす。
シンジの肩に頭を乗せた。
特に会話をしなくても、こうしているだけで胸がいっぱい。なんか幸せだ。
そっと温かい感触が、私のお腹の上に。気持ちいい。
「ここに…僕たちの子供がいるんだね…?」
シンジの声。顔を見ると、頬が少し赤くなっておまけに目が潤んでいた。
「…うん」
答える私の声もなんかつまり気味に掠れる。照れくさい。
しばらく私のお腹を温めるように手を当てていたシンジだけど、手を外したと思ったら不意に頭を当ててきた。
シンジのしようとしていることが分かったから、そっと太ももを横にずらし、頭をのせやすくしてやる。
短いシンジの髪が剥きだしのお腹に少しくすぐったくて。
シンジの頬がおずおずとお腹にくっついてくる。
私はその髪を撫でながら、ふと気づく。
「…いくら耳を澄ましても、赤ちゃんが動く音なんて聞こえないわよ?」
まだ二ヶ月目だ。赤ちゃんは、ようやく形になろうとしているくらい。
図書館でこっそり読んだ本にそうあった。
案の定、シンジは驚いて顔を上げる。
「え? え? そ、そうなの…?」
思わず吹き出してしまう私に、シンジの顔は真っ赤っか。
顔を伏せ、またお腹に近づけてきたのを、やんわりと押しのける。
「もういいわよ。その、お腹の音聞かれるの、恥ずかしいし…」
途端にシンジは顔を上げる。
「あ、もしかして、アスカ、お腹すいた!? うん、妊娠するとお腹空くっていうからね。
何か作るよ。そうそう、トンカツがいいっていったよね?」
いうなり私が止めるのもまたず、キッチンへ走っていってしまう。
まったく、悪阻があるからあまり脂っこいのはダメかもしれないのに。自分でリクエストしておいてなんだけど。
それに、だいたい、さっき夕飯食べたばかりじゃない!
急に騒がしくなったキッチンを横目に、私はため息混じりに呟く。
「…シンジって、ほんとーに、時々デリカシーないわよね…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
寄り添って座り、手を重ね、指を絡める。
肩に掛かる重みも、アスカの匂いも、全てが僕の宝物。
僕が全力で守るべきものだ。
…そう、何が来たって僕は負けない。必ずアスカを守り通してみせる。
頭の中で前の世界で見た光景がよぎる。
慌てて振り払ったけれど、意識しないまま握る手に力がこもっていたらしい。
気づくとアスカの青い瞳が僕を真っ正面から見つめていた。
「…どうしたの?」
できるだけ落ち着いた声を出す。
カンの鋭いアスカのことだ。詮索されないようにしなきゃ…。
ふっとまるで青い宝石みたいな瞳が和らぐ。
「結婚式、どうしよっか?」
アスカは空いた手を顔の前にもってきて、リズミカルに指を折る。
「まず式場の予約でしょ? 当然、教会式よね。ウェディングドレスも着たいし。
あと、何人招待しようかな? やっぱり顔見知りは全員招待して、盛大にしたいわね…」
なんか楽しそうなアスカの様子は見ていて嬉しかったけど、僕は意を決して現実問題を提示した。
「その…アスカ、挙式の費用、どうしよう…?」
悲しいけど、式を挙げるだけでもお金がいる。でも、僕が自由に出来るお金はたかが知れているし…。
「ああ、それは大丈夫。たぶん…」
そういってアスカが手に持ったのは携帯電話。
ああ、考えたことはやっぱり一緒だった。
ミサトさんへの連絡。
一応、ミサトさんは僕たちの保護者ということになっているし。
「…だって、ミサトは、私たちの家族みたいなものでしょ?」
アスカの意見にも、素直にうなずけない自分がいた。
思い出して心が痛む。
綾波を思い出して、心が痛む。
あの日、綾波の家に行けと電話をくれたのはミサトさんで…。
不信感を抱えたままの僕の前で、アスカは電話をかけ始めた。
「あ、ミサト? 大事な話あるからすぐ帰ってきてね。じゃ」
…あまりにもあっさりした通話に僕が驚いていると、電話を置いたアスカがニッコリ笑う。
「とりあえず、妊娠したことは内緒にして報告しましょ」
アスカが頬を染める理由はなんとなく想像できた。
結婚するって報告だけでも、本当は少しためらってしまう。
聞く方だって驚くだろう。混乱するだろう。
その上、更に妊娠までしているなんていったら。
当事者の僕でさえ驚いたのに。
でも、実際に結婚するって決めたんだから、今更恥ずかしがっているわけにもいかないし。
そもそも妊娠したんだからいつまでも隠しておけることでもないし。
いや、だから、なんか、心配するところがズレてきているような…。
僕が唸っている間に、ミサトさんは帰ってきてしまった。
本当に急いで帰ってきたらしい。
考えてみれば、ミサトさんが家に帰ってきたのを見るのは久しぶりのような気がする。
なのに、明るく微笑む表情は、きっといつものミサトさんのもので。
「…ところで、大事な話ってなに?」
左手で右肘を抱え、ミサトさんは僕の隣のアスカを見る。
そしてアスカは僕を見た。
アスカに軽く微笑み返し、僕は思う。
…反対されるかもしれない。
でも、構わない。僕は決めた。アスカも望んでいる。
だから、例え反対されても、協力して貰えなくても、構わない。
少なくとも、宣言にはなる。
他の誰かに僕らの決意を知ってもらうことだけでも、きっと意味があるはずだから。
腹筋に力を込め胸を張る。
まっすぐミサトさんの目を見つめて、言った。
「僕たちは、結婚します」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「僕たちは、結婚します」
シンジの宣言に、ミサトは驚いたみたいだった。
目と口を丸く開いてシンジの顔をじっと見た後、ちらりと私に視線を送ってくるミサト。
無言で、私は軽くうなずく。
それだけでミサトは察してくれたのだろう。
「…なにいってるの、シンジくん!? あなたたち、まだ中学生でしょう?」
厳しい表情。当たり前の論法。一般論。
もちろんシンジも言い返している。
「分かってます。でも、結婚します。…二人で、ずっと一緒にいたいから……」
シンジの視線から目を逸らすように、ミサトは首だけ私に向き直る。
少しだけ悲しそうな顔をしていたけれど、見なかったことにする。
ミサトは知っている。
ミサトから聞いたんだ。
シンジが精神汚染されているらしいことを。
それが止められないことを。
「アスカも、賛成なの?」
ミサトの問い掛け。
シンプルな質問なのに、とてもたくさんの意味がこめられていた。
『シンジくんは、自分の状態を知っているの?』
『アスカはそれでいいの?』
『それが、あなた達の望むことなの…?』
私は、もう一つうなずいてからゆっくりと言う。
「私はシンジが好き。シンジも私が好き。結婚するのに、他に理由がいる?」
面食らったような顔になるミサトに、私は更に続けた。
「それに、私たちは使徒と戦っているでしょ? 負けるつもりはないけれど、この先無事な保証もないわ」
喋ってて、チクリと胸が痛む。
涙がでそうになったけど我慢して最後まで口を動かす。
「だから、まだ平和なうちに、時間が残されているうちに、形を残したいの…」
とうとう涙がこぼれた。
慌てて拭っていると、隣のシンジが心配そうに覗き込んでくる。
私を気づかう表情が、さらに涙腺を刺激してくれた。
さっきの台詞は、アンタにもいっていることなのに…。
シンジに涙を拭うのを手伝ってもらい、どうにか視界を確保。
ミサトの方へ視線を戻せば、なんか天井を見上げていた。
しばらくそうやってから下ろされたミサトの顔は、なんか場違いなまでに陽気なもので。
「そう、そうよね…。よし! あんたたち、さっさと結婚しちゃいなさい!」
「…いいんですか、ミサトさん…?」
この期に及んで確認するシンジ。ミサトもいきなりその顔は不自然だわよ。どっちもバカ…。
「だって、お互いに好きなんでしょう? 好きだっていったでしょう?」
「…ええ」
はにかむシンジに、ミサトの陽気な声は止まらない。
「それに、あなたたちは特別よ」
「え?」
きょとんとする私たちに、ミサトは微笑む。
「だって、セカンドチルドレンにサードチルドレンでしょ? だから特別」
…理由になってそうで理由になってないわよ、それ。
「だから…きっと、許されるわ。神様だって、きっと許してくれる…」
気が付いたとき、私たちはミサトの両腕に抱えられていた。
「だから……幸せになってね…」
私たちの耳に囁くようにいって、ミサトは身体を離す。ニコニコした顔のままで胸を叩いた。
「お金のことはどーんと任せなさい。必要経費はいくらでもこっちに請求をまわして。
なんせ結婚式だからね。一生に一度だからねー!」
「わあ、ミサト、ありがとー!」
抱きつきながら、わざとらし過ぎたかなと自嘲した。
でも、感謝の気持ちは本当。
ぎゅっと抱きしめてやると、ミサトも抱き返してくる手応え。
震えが伝わってくる。
これがミサトの耐えた証し。
同時に、このやりとりの半分が演技であることも思い知らされ、心が痛かった…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ミサトさんが全面的な協力を約束してくれたので、ずいぶんと助かったと思う。
いくら結婚するといっても、実際にはまだ僕たちは子供だ。
力が及ばないところもあれば、思いつけないところ、気の回らないところも多い。
とりあえず秘密のうちに計画を進行させようとしているんだから尚更だ。
式を挙げる場所は、アスカも交えて相談して、ネルフ本部内の第7ケイジにした。
技術部にハッパをかけて立派なチャペルを造ってあげるわ、とミサトさんが請け負ってくれた。
…第7ケイジといえば初号機の格納庫なわけで、あんまり式場には向かないと思ったけど、アスカは言う。
『どうせなら、シンジのお母さんにも見て貰いたいじゃない?』
確かに僕の母さんの魂は初号機の中にある。気持ちは嬉しいけど…まあ、アスカがそういうならいいか。
披露宴会場も本部内の第3食堂にする。本部で一番広い食堂だ。
ここでも、料理や飲み物、飾り付けの一切の手配は、ミサトさんが引き受けてくれる。
どちらも本部内なのは仕方ない。
結婚式当日に使徒が来る可能性もゼロじゃないから。
『もし、そうなったら、ウエディングドレス姿でエヴァに乗ることになるのかなあ?』
アスカは笑っているけれど、ほんとそれだけはカンベンして欲しい。記憶に残る式にはしたいけど、それじゃあんまりだ。
というわけだから、僕らがすることといえば、ウエディングドレスを選んだり、料理の内容をチョイスするくらい。
ミサトさんが買ってきてくれた結婚雑誌の山を眺めて、しみじみ感謝した。
仮に僕たちだけだったら、会場を借りるのだけでも一苦労だったと思う。
ましてや理由を説明して、そして納得してもらってからとなると、どれだけ時間がかかったことか。
おかげで、予定通り、2月14日、バレンタインデーに式を挙げられるだろう。
男女が愛を交わす日だから、とアスカの強い希望。
そして、挙式してから、披露宴で、子供も出来たことも発表するのよ! とアスカは意気込んでいる。
…みんな、びっくりするだろうなあ。
その光景を想像しかけて、慌てて止めた。
思わず顔を手で覆ってしまう。ちょっと考えただけでも恥ずかしすぎるよ…。
「何やってんの、シンジ?」
3冊目の雑誌に付箋をつけながら、アスカが訊いてくる。
笑ってごまかして、アスカの手に持っている本を覗き込んだ。
淡い水色のウエディングドレスの写真。少しスカート丈が短いような気もするけれど、着たら似合うんだろうな。
横を見れば、同じような雑誌が山と積まれている。それぞれには付箋がびっしり。
全部アスカのお眼鏡にかなったもので、これから更に絞りこんでいくという。
最低三回はお色直しをしたいわね、とアスカの弁。
ドレスアップされた姿を見るのは楽しみだけど、こんなヒラヒラしたの何回も着替えるのって疲れないのかなあ?
「ミサトに感謝しなきゃね」
雑誌を見たまま、アスカが不意に言った。
「…そうだね」
今度は、僕も素直にうなずけた。
ミサトさんに対して抱いていた不信感も、だいぶ薄れてしまっていた。
だって、通常の業務をしながら、その合間にミサトさんは僕たちの希望を訊いて秘密裏に準備を進めていてくれるのだ。
本当に忙しくて、なかなか家に帰ってこられないらしい。
なのに、毎日のように電話で連絡をしてくれる。
細かい打ち合わせもあるけれど、半分以上はアスカの体調を気づかってくれているみたい。
これで感謝の気持ちが沸いてこなかったら、僕は最低の人間だ。
…もしかしたら、僕は、ミサトさんや他の大人のみんなに冷たくされていたわけじゃないのかも知れない。
みんな本当はとても親切で。前の世界の僕は、それに気づかなかっただけで…。
凄く幸せな気分になったのに、まだ心の奥に引っかかるものがある。
一つは、もう一人の『アスカ』。
あれほど行く先々で見えた『アスカ』の姿を、最近全然見ていない。
結婚すると決めたあの夜から。
どうして見えなくなったんだろう? まさか、いなくなったんだろうか…?
それとも…。
いくら考えても分からない。決して放っておいてはいけないと理解していても、今の僕にはどうしようもなかった。
そしてもう一つは綾波。
3人目の綾波。
もう学校に登校してきているし、ネルフ本部で顔を合わせる機会もあるんだけれど、ほとんど会話もしていない。
いや。意識して僕は綾波を避けている。
挙式の前に、一度話をする必要があるだろう。
しなければ、必ず後悔する。確信がある。
なぜなら、綾波にも僕らを祝福して貰いたかった。
でなければ、完全に幸せになれないと思う。…上手く説明できないんだけど。
「ねえ、シンジ。ねえってっば!」
我に返ると、アスカの青い瞳が僕を覗き込んでいた。
「あ、えっと、ごめん。…どうしたの?」
アスカは頬を膨らませ、そっぽを向く。
「ふん! 幾ら私が話しかけても上の空でさ。…どーせ、レイのことでも考えていたんでしょ!?」
鋭い指摘に、ギクリとする僕。同時に、アスカの台詞に違和感を覚えた。
それがなんなのか考える間もなく、アスカは腰に手を当て宣言するようにいった。
「まあ、いいわ。…ね、シンジ? 招待状も作らなきゃね!」
「ああ、そうだね…」
招待状か。確かにそれは作らなきゃいけない。
どういう文面にしなきゃいけないんだっけ……なんて呟きながら、ようやく僕は違和感の正体に気づく。
それは、ささやかだけど凄く大きな変化だ。
アスカが、綾波を『レイ』と呼んでいたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ミサトから『冠婚葬祭辞典』とかいう分厚い本を買ってきてもらった。
それをシンジと一緒ににらめっこしながら、どうにか招待状の文面をひねり出す。
一応、ミサトに検閲をしてもらって、それで文章は決まり。
シンジと話し合って、郵送でなく手渡しにすることにした。
だいたい招待するのはほとんど身近にいる人たちばかりだ。
それなら、直接あって渡したい。
私たちが結婚することを知って欲しいのはもちろん、私たちがこんなに幸せだってことも見て欲しいから。
提出して翌日には刷り上がってきたサンプル。
飾り気のない紙面には、なんか難しい招待の文が書いてあるだけ。
シンプルでいいわよね、なんて最初はシンジと話していたけれど、なんか物足りない。
上質の紙らしいんだけど…。
だから、私は提案した。
「ねえ、写真も載せましょうよ! そして、せっかくだからさ、表面にハートマークも描きましょ?」
「…はーとまーく!?」
シンジは驚いたけど、すぐ賛成してくれた。
僕たちの結婚式だからね、色々工夫しよう、って。
で、写真といえば、相田だ。
さっそく学校で、昼休みに撮ってもらうことにする。
でも、その前に。
シンジに先に相田を捕まえてもらって、私はヒカリを校舎裏に呼び出した。
伝えなきゃいけないと思った。
日本に来て初めてできた友達には。
「…ヒカリは……鈴原のことが好き?」
「え…?」
ビックリした顔になるヒカリ。たちまちソバカスまで真っ赤になってる。
「い、いきなり、なんなわけ、アスカ…??」
ボソボソというヒカリに、私は真剣だった。
「お願い。教えて。答えてヒカリ」
一度私の顔をまじまじと見つめてから顔を伏せ、小声でヒカリは答えてくれた。
「…うん。わたしは、鈴原のことが、好き」
「そっか。…ありがと、ヒカリ」
なんか小刻みに震えているお下げ髪に近づきながら、私は謝意を示す。
腕をそっと掴んだところで、ヒカリは顔を上げてくれた。
「…もう。恥ずかしかったんだから」
まだホッペタが赤いままのヒカリは、なんかとても可愛く見えた。恋する乙女はキレイになるって、やっぱりウソじゃないんだ。
じゃあ、私はどんな風に見えてるんだろ?
ヒカリの腕を目の高さまで持ち上げて、私は決意を固める。
言わなきゃ。
私は、シンジと結婚する。
お腹にはもう子供もいるんだって。
親友のヒカリには、伝えなきゃ。
なのに、私の口から出た言葉は。
「私も、シンジが好き。好きなの」
なんでだろう? なんかヒカリの顔が滲む。
「ずっと、ずっと、シンジと一緒にいたいの…」
自分の声なのに、信じられないくらい水っぽい。
それ以上に、私は何を喋っているのだろう?
言わなきゃ。
聞いてもらわなきゃ。
私は、シンジと結婚する。
お腹にはもう子供もいるんだって。
なんでかって?
もしかしたら、シンジがもうすぐ死んじゃうかもしれないから。
私たちには、時間が残されていないかも知れないから。
親友のヒカリには知ってもらいたかった。
私の気持ちを共有してもらいたかった。
でも、堪える。
口に出してしまえば、その未来が現実になるような気がしたから。
「…アスカは、碇くんのことが本当好きなのね?」
気づいたとき、私はヒカリに抱きしめられていた。
少なくとも、私の伝えたいことは伝わったと思う。
ヒカリは受け取ってくれたと思う。
それにしても、最近、私、抱きしめられてばかりだなあ…。
「ありがと…。ありがとう、ヒカリ…」
涙をこぼさないようにしながら、もう、私には、それしか言えなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
写真を撮って欲しいとお願いしたら、ケンスケはちょっと驚いていた。
アスカと一緒のところを撮って欲しいと頼んだら、凄く驚いていた。
画像データの入ったメモリースティックをうけとりながら、一体なんに使うのか訊ねられた。
どういう事情で二人一緒の写真を撮ろうと思ったのかも。
「…もう少ししたら教えるから」
色々説明してもいいかな、とちょっと思ったけれど、そういって誤魔化した。
気づくと、アスカがこちらを見ていた。
「お気楽な説明よね。なんかズルイ…」
「?」
「あたしなんか、ヒカリに色々とさ…」
そういわれても、よく意味が分からないんだけど…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
たくさんの写真。
シンジと一緒に映っている写真。
二人して、照れたように笑っている写真。
仲良く微笑んでいる写真。
腕を組んで並んでいる写真…。
私自身、見たことのない表情がたくさんあった。
そのどれもが、素敵だった。
とても選べないと思ったけれど、私はごく当たり前にその一枚を選択していた。
シンジの肩に腕を回し、顔の前でピースサインをする私の写真。
和やかというにはちょっと無理がある、どっちかというと活発な、挑発的な一枚。
でも、これがきっと今の私たちには一番相応しい。
私は、挑戦する。
シンジが精神汚染だとしても。
まだシンジは生きている。
なら、死なせやしない。
生きている限り。
シンジは私のものだ。
私もシンジのもの。
だから、きっと、幸せになってやる。
お腹にそっと手を当てて、私は呟く。
「ずっと一緒よ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
たくさんの写真。
アスカと一緒に映っている写真。
二人して、照れたように笑っている写真。
仲良く微笑んでいる写真。
腕を組んで並んでいる写真…。
僕自身、見たことのない表情がたくさんあった。
そのどれもが、素敵だった。
とても選べないと思ったけれど、アスカはごく当たり前にその一枚を選択していた。
僕の肩に腕を回し、顔の前でピースサインをするアスカの写真。
和やかというにはちょっと無理がある、どっちかというと活発な、挑発的な一枚。
でも、これがきっと今の僕たちには一番相応しい。
…それにしても、僕はアスカに手を引かれてばかりのような気がする。
頬を叩き気合いを入れた。
今度は、僕がアスカの前を走らなきゃ。
前の世界を繰り返しやしない。
アスカは、絶対絶対守ってみせる。
僕たちの子供も守ってみせる。
きっとそれこそが、僕がここに戻ってきた意味。
僕がここに存在する理由。
僕が、きっと全部守ってみせるから。
だから、みんなで幸せになろう?
隣で、愛おしそうにお腹に手を当てているアスカに、僕は微笑む。
「ずっと一緒だよ」
“ THE Interval-U ” continues to “ RE-TAKE2 46P ”
…Thank you reading.